カテゴリ:思い出ばなし( 38 )

春の四国

朝。イギリスの電車旅から自転車旅に変わった。
春の「こころ旅」は高知県からスタートした。

春がずいぶんすすんだ高知県、太平洋側。
海がとってもきれいだった。
春の光いっぱいの菜の花畑を自転車は快走。
カエルがもう、ケロケロ鳴いているし、
ふきのとうが成長しきっていた。

「四国に初めて行ったのは、いつ?」
夫婦でそんな話題になった。
関西からは、距離的には近いはず。
近畿の天気予報には、香川や徳島がよく
含まれている。なのに、昔から
近くて遠い四国というイメージだった。

主人は、慰安旅行で道後温泉に行った時。
私は、家族で徳島の祖谷渓とかづら橋に行った時。
瀬戸大橋が開通してからの四国初上陸だった。
やっぱり、橋の力は大きいね~と話をした。

しまなみ海道も、一本で結ばれてさらにアクセス
がよくなり、大好きな砥部焼を買い求めに行ったり、
ただ、讃岐うどんを食べに行ったり、
阪神のキャンプ見学に行ったり。
(高知は遠かった!)


一番、最近に行った愛媛の道後と内子の写真。

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*******************

*晩ごはん
豚肉の生姜焼き、トマトとアボガドサラダ
豆腐のおかか焼き、にんじんしりしり
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🌸ビールも春らしく🌸
一番搾り 若葉香るホップには、素敵な
詩が書いてありました。

春がひそんでいます
花に雲にせせらぎに
春にココロをゆだねて カラダをゆだねて
冬には言えなかったひとことを 言ってみる
思いきってあのヒトに

詩 谷川俊太郎


*********************
トップページがガラッと変わりびっくりしました。
春。ブログも一新ですね!


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by pass8515 | 2017-03-30 21:54 | 思い出ばなし | Comments(4)

おひなまつり

3月になって、ようやくお雛様を出した。
先日、病院で母ともお雛様の話をした。
「お雛さん、毎年出してるか~?」
「出してるよ・・」

母は安心した顔をして、
「お雛さん出すと、心がほころぶやろ~」

実家に置いて行った、
お雛様は三人官女だけを残して、処分したと
母は以前に言っていたのに、五人囃子も
あると言った。
「今度、あんた持って帰るか?」と言うので
持って帰るつもりだ。
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子供の頃、母は「おひなまつり」をしてくれた。
近所の子を誘っておいで、クラスの子を
誘っておいで・・・。ごちそうやお菓子を
用意して、お誕生会の代わりのようなものだった。

しかし、友達を誘うのは私の役目でこれがちょっと
憂鬱だった。
この子を呼んで、この子を呼ばない。どうしよう。
あの友達を呼びたいけれど向こうはそれほどの
友達と思ってなかったらどうしよう。
しょうもないことをぐずぐずと考える所は
まったく変わってない。

毎年、5~7人。女の子ばかりの時もあれば
近所の男の子も招待する年もあった。
ゲームをしたり、母の手料理をおすましして
食べたり、プレゼント交換をしたり。

あれは、確か4年生の時だった。
プレゼントをそれぞれ用意してきてもらった。
金額は200~300円くらいと最初に決めた。
くじも作った。

一人の友達が筆箱セットを持って来た。
ファスナーのついたしっかりとした布地の
ペンケースと鉛筆のセット。
ところがそれが当たった別の友達の親が
その晩、文句を言いに来た。

「文房具屋で、値段を見て来ました。
1000円くらいするんですよ。
子供がやり取りする品物にしては高額すぎませんか!」
と、母に詰め寄った。

別に母が悪いわけではないけれど、主催者側としては
平謝りするしかなく、私も階段の中ほどで
隠れてその様子を聞いていた。

母がかわいそうだった。
昔も、今も親もいろいろ・・・。

クラスが変わってからもしばらく招待して
いた幼馴染がいた。
ずいぶんして大人になってから、その子の
お母さんが、母に「PASSちゃん所のお雛祭り
楽しかったとよくうちの子が言ってたわ」と
言ってくれたそうで、母も嬉しそうにしていた。
私も、なんだか嬉しかった。

そんなこんなをずっと見て来たお雛様
みんな、元気にしています。

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*晩ごはん
豚キムチ、菜の花白和え、菜の花おひたし、
にんじんとヤーコンの炒め物

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by pass8515 | 2017-03-01 21:33 | 思い出ばなし | Comments(10)

donut

帰宅すると、「ドーナツ」があった。
一人2個ずつで、箱に6個。

次の日になるとどうしても硬くなるので、
帰宅後すぐと、食後の2回に分けてドーナツを
食べた。
美味しい~🎵

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昔、昔、学生時代にここでバイトをしていた。
ちょうど1年間。学生ばかりのバイトだったにも
かかわらず、シフトがぐるぐる入れ替わって
特に誰とも仲良くならなかった・・(笑)
ことで、なんだか印象に残っている。

マニュアルという言葉もこのバイトで初めて
知った。
まさにマニュアルにつぐマニュアル。
それさえ、守ればもう完璧!という淡々と
したものだった。

あの頃は、レジスターも旧式で、電卓も
なかった。
たいていのドーナツは70円で、少し上等なのは
80円。
10個のドーナツを買ったとして、まず70円×個数
で計算して700円。
うち80円が3個ならば30円足せばよい・・。
とマニュアルで習い、なるほど!と思った。
消費税もなかったあの時代だから暗算で簡単だった。

ふきんを消毒液に浸して、鋏を拭く。
その鋏で、ドリンクの口を切る。
シェイクも作った。ぶるぶる~っと飛ばしながら作った。

シナモンロールやコーヒーロールという
ものが確かあったな~と思った。
復刻してくれないかな・・.

そんなことを思い出しながら、
ほっとひと息ついた。

*******************

donutはdoughnutとも表記するようで、
ドラマ「カルテット」のカルテットの名前は
難しい方のDoughnuts holeだったと気づいた。
毎週が短編映画のような仕上がりで、楽しみだ。

先ほど見終えた
「お母さん、娘をやめていいですか?」
も、面白いし、
「就活家族」もなんだか見てしまう。

家族を題材にしたホームドラマが今、興味がわいて
ついつい見ている。

*晩ごはん
お惣菜屋さんのコロッケ、
ひじき、白和え、煮豆。

実質、3人での食事は今夜で最後。
特にごちそうというのも考えつかず
息子が好きな、ここのコロッケで。
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*おべんとう

おべんとうもこれで、区切りがつけられそう。
弁当箱は、持っていくらしい・・・。
本当に作るのかな~。(笑)
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by pass8515 | 2017-02-24 23:38 | 思い出ばなし | Comments(6)

ちょっとだけ春の気配

少し、のそのそしている間に2月になった。

気がつくと、ずいぶん日が長くなった。
帰りの自転車のライトはもう要らなく
なった。

**今年も、月初めはカレンダーから
始めたいと思います。**

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毎日、楽しみにおじゃましているhanamomoさんのところで
1972年の音楽・札幌オリンピックの話題に出会った。

そちらにコメントを寄せられていた方々のその当時の
思い出を拝見するのもまた、楽しかった。
同じ時代を違う年代・立場から話されて、
私も当時の記憶がよみがえったようだった。

小学2年生の3学期だった。
オリンピックは笠谷選手の事をぼんやり
思い出すくらいなのだけれど、
トア・エ・モアの「虹と雪のバラード」が
大好きだった。

人口が膨れた、あの当時。
通っていた学校は2つに分かれることになり、
クラスでお別れ会をした。
そのお別れ会で、仲良し5人組でこの歌を
歌った。
私と、近くに住むKちゃんは、新しい学校へ。
Iさん、Tさん、そしてYちゃんの3人は、
そのまま残った。

!さんとTさんは、とても美しい人だった。
小学校2年生で、そういう印象もおかしいけれど
背がすっと高くて色が白くて、
本当に、「きれいなお姉さん」だった。
幼い記憶とは面白いものだなと思う。

Yちゃんは、快活ではきはきしていて
面白い子だった。ムードメーカーだった。
小林聡美を見ると思い出していた。
おそらくこの歌にしようと言ったのも
Yちゃんだったような気がするし、
「わ・わ・わ・わ~とバッグコーラスを
入れよう!」と提案したのもYちゃんだった。
その手振りをはっきりと覚えている。

「町が(わ・わ・わ・わ~♬
できる(わ・わ・わ・わ・~♬
美しい町が(わ・わ・わ・わ~♬」という具合である。

このフレーズが一番好きだった。

「町ができる、美しい町が
あふれる旗 叫び そして唄」

そして、私たちは別れて行った。
もうそのあと会うことはなかったけれど、
札幌オリンピックというと思い出すことだった。

どうしているのかな~。
こうして、ひとつの話題で記憶がよみがえり
懐かしい気持ちになる。
それがまたブログのおかげだなと思う。

最近、ちょっとした出来事があって
息子が買って来たケーキ。
ベリーづくしで、酸味たっぷりの
好みのケーキだった。
ありがとう。
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by pass8515 | 2017-02-01 22:54 | 思い出ばなし | Comments(2)

喪中はがき

今朝の、津波警報のニュースをずっと見ていた。
どうか、早く避難してください。それだけを思い、出かけた。
お昼のニュースでは、警報・注意報も解除されていて、大した被害もなく本当に良かった。

******************
家に帰ると、喪中はがきが3通届いていた。
友人たちのお実父様や、お義父様。
次々とだな・・・と思いながら、はがきを置いた。
故人のお名前に、友人の旧姓を思い出し、なぜか懐かしい気持ちにもなった。

今の苗字の方がお互いうんと長くなったけれど、あの頃を思った。

3通のうちの、1通の友人について、実は最近ブログを書こうと思っていた。
朝ドラ「べっぴんさん」を見ていて、思い出したことで書こう、書こうと思いながらも機会を逸していたところの、
その高校時代の友人からの便り。

今夜書こうと思います。

団時朗さん

「帰ってきたウルトラマン」のヒーローの印象が私は強く残っている人だ。
「カーネーション」では紳士服ロイヤルの店主だった。
「べっぴんさん」では闇市の元締めの親分で、「場銭はもう取りません!」と唐突に宣言した人。
京都のご出身で、その友人の家の近くに以前、住まわれていたらしく、友人が「団時朗さんが
帰ってきたはる。」と学校で時々言っていた。

10代のある日のこと。その友人と買い物に行く約束をした。
電車の時間を合わせ、一駅後から乗った私に友人が「団時朗さんと駅で一緒になった。
この電車に乗ったはる。」と言う。
どれどれ・・・私たちは車両を移り、彼を見に行った。

男前はもちろんのこと、とーーーーっても足が長かった。
普通、人は座席に座るとひざの角度は直角になるが、彼の場合、鋭角で(30度ぐらい?)
長い足を持て余し、伏目がちで端っこの席に座っていた。
ブルージーンズと、こげ茶のハーフブーツ。とてもよく覚えている。

芸能人とはこんなにも格好いいものなのか・・。
初めて、至近距離で見た芸能人だったと思う。
この記事を書くにあたり、プロフィールを調べてみると
私は「ウルトラマン」の事しか知らなかったけれど、MG5のコマーシャルなどにも出演した
モデルさんだったようで、格好いいはずだった。

近年「おばあちゃんになりました。」
と、いう年賀状を彼女から受け取って、それだけのお付き合いになってしまっていた。
久しぶりに、メールをしてみようかなと思った。


*****************
*昨夜の晩ごはん
竜田揚げ・大根の皮できんぴら・大根とはやとうりと柚子の皮とハムの和え物。

新酒をワイングラスで。

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*今夜の晩ごはん

鶏肉の酒粕炒め・あぶりあじ

ワイングラスにお酒というのが、酒蔵の試飲に合う!っと何かの番組でやっていたので
今夜もワイングラスで。
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イタリアのチョコをいただく。
キラっと光ったので載せてみました。

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今日は、とても暑いくらいの陽気だったが明日は10℃も下がるらしい。


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by pass8515 | 2016-11-22 21:31 | 思い出ばなし | Comments(2)

住めば都

一家で、夢中になった兵庫県の「こころ旅」の今夜は最終日だった。
新舞子海岸から造船の街・相生へ・・国道・通称「七曲り」という海沿いのワインディングロードを突っ走る・・。
と、思いきや半分はバスで輪行していた。ワインディングロードに加えて、起伏も激しいこの道は、ちょっときつかったのかも知れない。

番組内で降り立ったバス停「大浦」は、私も30年ほど前に、一度バスで行ったことがあるのを思い出した。
まさに、公園デビューした公園で仲良くなった親子と小さな旅をすることになった。あの頃、二人とも運転免許を取っておらず「海へ行こう。
そうだ、バスで行こう」と1時間に一本もあるかないかのバスで「七曲り」を通って、終点「大浦」に着いた。
な~んにもなかった。今もまったく変わっていない。浜辺からも遠く、雑然とした広場でお弁当を広げた。
それでも1歳にも満たない子供たちより、親の私たちの方が解放感でいっぱいだった。冒険したような気持ちだった。

帰りのバスが、これまたなかなか来なくて、もう笑うしかなかった。

「住めば都」これほど、この土地に馴染むなんて、あの頃の自分からは想像もできなかった。


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一気に季節がすすんだ一週間だった。ご飯が美味しくって、食べ過ぎに気をつけようとそればかり考えているけれど結局、食べている。
自分は、太っても痩せられると、安易に思っているけれど、加齢に伴いそれほど簡単ではないと思っておかないといけないな・・・。

どうぞ、よい週末を!
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by pass8515 | 2016-10-14 21:23 | 思い出ばなし | Comments(8)

海辺の思い出

朝晩が寒いくらいになって来た。「涼しいですね」という時候の挨拶を通り越して「寒いですね」と朝の挨拶を交わす。

BSの「こころ旅」のとうちゃこ版を晩ごはんの時に見るのを、楽しみにしている。家族もこの番組の途中に相次いで帰宅するから、揃って見る。
特に、今週は兵庫県で、「ここはどこ・・・あそこや、あの道や」と盛り上がっている。

今日の番組の目的地は、御津町の新舞子という所。先日、私が訪れた室津の東にある海辺である。
この日は、対馬に台風が近づいている影響か、めずらしく波が荒かった。満潮で、目当ての岩場もほとんど隠れていた。

結婚前に、主人が初めて海水浴に連れて来てくれたのがこの新舞子だった。あまりきれいな海とはいい難いが、波も穏やかで人も少なかった。

そして、息子の思い出は何と言っても小学校の潮干狩り。毎年、春の遠足は新舞子へ潮干狩り。毎年である。
(ちなみにお別れ遠足はスケート。毎年である。)
「貝は最初に撒いてたんやで・・・」と、言うと息子は「ほんま?」と驚いていた。

一番最近、私はいつ新舞子に行ったかな?と遡って思い出してみると、数年前、海の近くの料理屋へ魚づくしの会食の時だった。
寄せ書きを送った、お世話になった方の送別会で行ったきりだった。

ひとつの場所で、様々なことを断片的に思い出すものだなと思った。

*************************
昔、「吹き寄せ」というお菓子をよくいただいたりしたけれど、米菓の吹き寄せのような播磨屋本店「コウノトリの福袋」をいただいた。
一袋に、組み合わせの違う10個のおかき。袋を開けるたびに、口に入れるたびに、いろいろな味に出会える楽しみ。まさに福袋です。

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週末、父の病院に持って行こうと思う。今、お菓子を食べるのが一番の楽しみらしいから・・。

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晩ごはんは、丹波黒枝豆とメークインでサラダにを作った。
ほかに、里芋の煮物、なすと豚肉のにんにく醤油炒め。
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by pass8515 | 2016-10-13 22:27 | 思い出ばなし | Comments(2)

秋が来れば想い出すこと


朝ドラ「べっぴんさん」が面白くなって来た。
話の運びの手際がいい。昔話や人物紹介もとんとんとすすみ、テンポがいい。あっという間に姉妹の縁談がまとまった。
ヒロインのすみれちゃんがとても可愛い。背景に登場する刺繍も愛らしい。

そしてあの時代の暗くて恐ろしい影がじわじわと迫って来た。
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秋が来れば・・・想い出すこと。
今日は、私たちの記念日。こちらに来て31年になります。
秋の夕暮れ。特に10月から11月の夕方は、住み始めた当初のことを毎年のように思い出す。
知らない土地での新しい生活。まずは、失業保険を受け取るための口座を作りに行ったこと。銀行・スーパー・病院。知らないなりに少しでも馴染もう
としていた。

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海が近い事は、なんだかうれしかった。それまでは、海は電車に数時間乗ってでかける旅の感覚だったから、自転車でも行ける距離が新鮮だった。
(以前は、海のすぐ近くに住んでいた)
母には毎日電話をしていた。いい加減うんざりしていた母。寂しくなったら海を見に出かけると言うと、ある日、父から手紙が来た。

「夕暮れ時に海を見に行くとお母さんから聞いた。若いお前が、一人で海を見ている姿を思い浮かべるだけで物悲しくなる。
早く、そちらに慣れなさい・・」みたいなことが書かれていた。一度読んだきり、引き出しにしまったままだけど、この箇所だけは
今でもよく覚えている。

心配をかけていただろうな。何よりその土地に馴染んで、私が元気に幸せでいることを望んでいてくれていただろうな。
この年になって、そんな気持ちがよくわかり、そうなってみないとわからないことも、・・よくわかった。
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主人と今は亡きお義父さんとお義母さん。たったこれだけの人間関係だったのに、今ではたくさんの人間関係がこの土地で生まれた。
紆余曲折あったけど、積み上げて来た時間は宝物だな。今はそう思える。

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晩ごはんのあと、主人が「今日は、結婚記念日か~」と何気にアピールしていた。覚えていた。良かった。

大切な、今日は記念日。また新たな気持ちで、暮らしていこうと思った。



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by pass8515 | 2016-10-12 21:11 | 思い出ばなし | Comments(12)

一冊の手帳

つい2,3日前のこと。
探し物をしていたら、「一冊の手帳」を見つけた。6年前の10月にパリのオペラ座の売店で買い求めた手帳だ。

開けてみると、びっちり!ひと月ごとに「○○月の覚え書き」と題して、その月に会った人・行ったところ・買ったものなどが
書き留めてあった。日記がどうしても続かない私は、若いころから手帳にこういう形式で書き留めておく癖がある。
それもそうは続かず、2~3年。中断して、また1~2年。と切れ切れである。

2010年から2011年に身近に起きた出来事が書かれたこの手帳の存在ももう忘れていた。

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最後あたりの1ページに「ある方」への寄せ書きの下書きを見つけた。仕事でとてもお世話になった人だった。
定年退職に際し、皆で花束と寄せ書きをということになって、昼休みに文章を考えて下書きをしたことを思い出した。

「仕事も然りですが、何よりも人としての心をこめるという事を教えていただきました。どうもありがとうございました。」
厳しい人だったけれど、情の厚い人だった。率直な気持ちを私は寄せた。

そして、入れ替わりにやって来た人がこのブログでもよく登場する「あの人」なのだった・・・・・。
あるページには、「気持ちが折れている。疲弊している。くたくた・・・(涙マーク)」と書いていた。

一期一会。いい人とも出会い、そうでない人ともまた出会い、人生バランスが取れるのかな。
自分としては、かなり激動の時がこの1冊に詰まっていた。

そして、見た映画も書いていた。あの頃は本当によく映画を見ていた。その月にみた映画を偉そうにも5段階評価していた。
しかし、今見てみると5や4を付けた作品の題名を見ても、その筋はおろか、見たことすら忘れているのだ。
その時は、良かったと思ったのだろうが、心に残る映画というものは、貴重なものに思えてくる。

しかし、今でもそのシーンが蘇ってくる作品はいくつかあった。
「ドライビング・ミス・デイジー」
「縞模様のパジャマの少年」
「クレアモント・ホテル」
「(500)日のサマー」など・・。

今は、このブログが覚え書きである。すっかり習慣になってしまっている。時々、睡魔に襲われて一日飛ばしてしまうこともあるけれど、
今、この時代に自分が生きた証です。

***********************
先週、京都の植物園で出会った秋の草花をもう少し。

*吾亦紅

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*カリガネソウ

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*蓼の仲間でアイ
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*大毛蓼

蓼もいろいろありますね。
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10月というのに、暑い日々が続いているが、我が家では、よしずと、簾をようやく取り外した。夏の名残はもうこれでおしまい。





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by pass8515 | 2016-10-02 22:05 | 思い出ばなし | Comments(6)

伏見城

8月がやって来た。
夏休み真っ只中!

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最近の「真田丸」で頻繁に登場するのが伏見城。
奈良も大阪も見渡せる抜群の立地で
それほど、壮大なプロジェクトであったのかと
ブラタモリを見るまで知らなかった。

しかし、伏見城は「伏見桃山キャッスルランド」という遊園地として、
ずっと以前から身近なものであった。
もう10年以上前に惜しまれつつ閉園してしまったが、
復元したこじんまりとしたお城は今も健在。

子どもの頃、両親は行くところに困ると
「桃山城いこか~」(一般的に桃山城と言った)
いとこが泊まりに来ると、必ず
「桃山城いこか~」であった。

プールもあって、よく泳ぎにも行った。
小学4年生の時のこと。
併設されていたスイミングスクールに
夏休み中、毎日通っていた。
なぜか、目標は「犬かき25メートル」

同級生のNちゃんと、一緒に通い始めたが、
スポーツ万能のNちゃんは、初級・中級とあっという間に
クリアして、上級コースに登りつめた。
そこで、仲良くなった高学年の人たちとNちゃんは
いつしか一緒に帰るようになっていた。

私はと言えば、初級コースでいつまでも、
もたもたしているから、
そこで、他の学校の低学年の子らと
仲良しになった。
それが、結構楽しかった。

母にわざわざお弁当を作ってもらって、
遊園地の森林ゾーンのベンチで食べた。
その子たちが持っていた、明星か平凡の歌の本を
見て歌も歌った。駅でも歌ったし、電車でも歌った。
今、思うと、恥ずかしくもあり、のどかでもあった。

伏見城から連想してブログを書こうと思いついたが
あの夏の日々が次々と思い出されたのだった。
光景だけではなく、気持ちまで、掘り起こして
しまえるのだなと思った。

そして、当初の目標の「犬かき25メートル」
のテストの場面まで思い出した。
必死だった。そして、合格!
真っ黒の男の先生。まあ、喜んでくれた!

そんな伏見桃山城、遠い夏の思い出でした。


****************
日曜日の朝の散歩
5時台のひんやりとした朝の空気が
とても気持ちが良かった。


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山吹と青い柿の実

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by pass8515 | 2016-08-01 21:30 | 思い出ばなし | Comments(4)

毎日を丁寧に過ごしていきたいから自分の暮らし、想いを綴ります。


by pass