カテゴリ:思い出ばなし( 42 )

履きだおれ

今日から、半袖を着た。
綿チェック短めチュニックと、ガウチョパンツ。
半袖を着ても、アームカバーをつけて
自転車をこぐけれど、長袖とは違う清涼感が
ある。
朝の木陰は涼しいし、とても心地よい。

と、同時に今年も、エアコン攻防の
口火が切られた!負けるもんか!


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******************

今朝の「ひよっこ」は夏全開だった。
乙女たちは、水着を買いに行く。
今までの人生で一番高い買い物。
田舎の家族へのうしろめたさ。
自分たちだけ海で楽しむ申し訳なさ。

そんな思いが15分にぎっしり詰まっていた。

そして、私も初めて自分で買った水着の事を
思い出した。
学生時代の友人4人で水着を買いに行ったのは
神戸だった。その当時、4人のうちの誰ひとり
神戸在住でもないのに、なぜか神戸に買いに
行こうという事になった。

神戸プランタンの水着売り場。
誰かがみんなでお揃いにしよう!
と言った。女子はいつの時代もおそろ好き。
4人中、3人(私含む)が同じタイプの水着を選び
色違いにした。でも一人だけ「私はいいわ」
とまったく違うタイプの水着を選んだ。
あの年ごろに、自分の意見を貫き通した友人って
偉いなあと、今にして思う。

水着を買って、三宮センター街に初めて行った。
アーケード街には靴屋さんが何軒かおきにあった。
そして、安くて、おしゃれで、履きやすくて。
たちまち4人とも夢中になって選んだ。
私は、茶色のサンダルにした。
その夏は、そのサンダルばっかり履いていた。

家に帰って、神戸の靴屋さんについて話すと
父が「神戸は靴の街や。履きだおれや」
と教えてくれた。
「着だおれ」「くいだおれ」までは、
知っていたあの頃だったが
「履きだおれ」という言葉があるなんて
驚きだった。

そしてこの後、神戸の少し先に暮らすことに
なろうとは、思いもしなかったのであった。

***********************

薔薇が咲いた。
背景には、いちめんのどくだみ。
ひとつ、ふたつ、どくだみも咲いていた。


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どくだみの近くに薔薇の鉢を持って
来たのは、虫が来ないのではないかと
思ったから・・・。

目論み通り、確実に虫が少ない。

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苧環がまた咲いた。
終わったかと思ったら、またつぼみを付け出して、
今日、一輪咲いた。

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********************
*晩ごはん

にらたまご
ひじきと大豆のサラダ
鮭ほぐし

芋焼酎「黒伊佐錦」で。

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この時間が一日で、一番落ち着く。
ほっとする。


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by pass8515 | 2017-05-23 21:29 | 思い出ばなし | Comments(6)

さくら貝

午前中はとても爽やかだった。
五月晴。
職場でも「爽やかやな~」と言い合って
快適で心地よい季節を感じた。
昼過ぎまでは・・・。

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今朝の、「こころ旅」の舞台は丹後の峰山だった。
丹後は同じ京都でも言葉も違うし気候も
違う。
峰山と聞いて、いつも思い浮かぶ人がいる。

小学校の時の担任の先生である。
峰山出身と言っていた。
それで峰山という地名を覚えた。
あの頃の「今風」のファッションの先生だった。
スレンダーで、栗色の髪で、そしてさばさば
としていた。男子とよくプロレスをしていた
光景を思い出す。

ある時、私は親戚の結婚式で東京に行くため
学校を3日ばかり休んだ。
休み明けの久しぶりの算数の授業。
分数の計算がさっぱりわからなかった。
どうしよう。まったくわからない。不安で不安で
授業の終わりごろに、涙があふれて来て、
絶望的になった。

その様子に先生が気づいてくれて、
「ぱすさん、そんなことぐらいで泣いたらあかん。
一緒に、頑張ろう。大丈夫やから」と肩をたたいて
その休み時間、つきっきりで分数を教えてくれた。
なんとか、取り戻せた。良かった。

そして先生はやがて結婚して、今度は先生が
一週間ほど休んだ。
クラス全員にお土産を・・という約束をして。
そのお土産は、故郷の砂浜の白砂と貝殻
だった。ひとつひとつ、ちり紙に包まれ、
私が選んだ包みを開けると、薄紅色の可愛い
貝殻が入っていた。
「だんなさん」と一緒に拾ったと言っていた。

嬉しくて、母に見せると「わあ、さくら貝やな~」
と、3センチ四方くらいのプラスチックの
箱を見つけてきて、綿を敷きその上に
さらさらの砂とさくら貝を入れてくれた。

長らく、私の机にあったプラスチックの箱。
色々なことを、次々と思い出すものだなと思う。
そして、可笑しいくらい文章にしたくなるのである。

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主人があんこが食べたいと買って来た
「御座候」
白あんが好きです。
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by pass8515 | 2017-05-11 22:33 | 思い出ばなし | Comments(2)

ともしび

今朝の「ひよっこ」では乙女寮の若い歌声が
響いていた。

ロシア民謡の「トロイカ」
激しく、迫力があって馬そり(トロイカのことらしい)
を走らせる様子がよく出ているなと思った。
静かなフレーズもあるなんて、知らなかった。

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そして、ロシア民謡があの当時若者の間で
流行っていたことや、シベリアからの引揚者
が日本に持ち込んだ曲も多いということも
初めて知った。自分が生まれた頃の話って
知らないことがいっぱい。

増田明美さんのナレーションの中で、代表的な
ロシア民謡の紹介で、今朝の「トロイカ」
「カチューシャ」そして「ともしび」が出て来た。

「あ!ともしび!」と聞いて、またまた私は
中学生の頃の事を思い出した(笑)

昨日の続編ではありませんが・・・・(笑)
良かったら思い出話におつきあいを。

ともしび」(ダークダックスがまたいい)
中学校の頃の校内合唱コンクールの課題曲
だった。
あの頃の私たちには、なんだか暗くて、重くて
難しい歌だった。
それに対抗するように自由曲は「かぐや姫」の
とてもポップなユーモラスな曲になった。
(題名は忘れました・・・が歌えます。)

少し冷めた感じのクラスだったのに、
、練習して練習して、なんと優勝!
重厚な課題曲と、ポップで笑いも起こった
自由曲とのギャップが良かったのかも知れない。

卒業式の後の教室で、歌おうという事になって
クラス全員でもう一度歌った。
昨日のようなキュンとした思い出とはまた
違って、最後に一つになったクラスのことが
思い出された。

~夜霧のかなたへ 別れを告げ
雄々しきますらお、いでてゆく~
今、聞くとじ~んと来てとてもいい曲だなと
思った。
(ダークダックスだからなおさら)

おおしきますらおって、何?
今朝のみねこではないけれど、ずっと思っていた。
歌詞を改めて見て、ようやくわかった。
雄々しき、ますらお(男の人)ってことなんだな。
戦場へ恋人を送る、哀しい別れの歌なのだなと
ようやくわかった。


********************

夕方、雨あがりの庭に出た。

ハーブが今年も咲き出していた。
レモンゼラニューム
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オレガノケントビューティー
芽がたくさん出ました。
花はもう少ししてからです。

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晩ごはんは焼きそばを。
家で漬けた紅ショウガ。
紅ショウガを漬けると焼きそばを食べたくなる。
あると、ないとでは、もう大違いだな。

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by pass8515 | 2017-05-10 22:31 | 思い出ばなし | Comments(6)

こころの風景

平常通りの日々が戻って来た。
夜になっても、雨が激しく降り続く。

毎朝、毎夜見ている、火野正平の「こころ旅」
先週は、兵庫県で今週は京都府。
電車で行き来すると大阪が間にあるのだけれど
隣同士でもあるのだなと改めて思った。

京都の初日は、宇治市から。
宇治川の小さな中の島・塔の島で偶然
出会った船の上からのお手紙だった。

わあ、塔の島~。私の「こころの風景」
と言っていいかも!と今朝思った。

石の塔が立つ、小さな島・塔の島。
吹奏楽をやっていた中学の頃、ここで
「オープンエアコンサート」をした。
何校かの中学と高校の屋外合同演奏会である。

中学生の私らから見れば高校の先輩なんて、
大人も、大人。ものすごく先を行く人に
思えた。企画も仕切りも高校生!
かっこいい~!
何度か合同練習をしているうちに、私にも
友人たちにも憧れの男子の先輩が出来た。
会えば、みんなでその話だった。

友人は、最終日にその先輩に手紙を書いて
来て一緒に写真を撮る!と積極的だった。
みんなで一緒に撮った写真は長らく私の
机の引きだしにあった。
それと、一緒に紙切れもあった。

私も憧れの先輩の思い出が何か欲しい。
とっさに思いついてメモ帳を一枚破って
「名前を書いてください」とお願いした。
サインでもなく、電話番号でもなく
ただ名前を・・・・と言った。
それが精一杯だった。

その時のどきどき感をリアルに思い出して
来た。そして、さっきその先輩の苗字も
思い出した!すごいですね。
青春の力は。

特にだ~れもカップルにもならず、
ただあの日々がずっと、淡い思い出で残って
いるのがまさに「こころの風景」というべきか。

****************
そういうことは思い出して来たのに、
コンサートの曲目って・・・・。
思い出せない。
あの頃全盛だったのは「宇宙戦艦ヤマト」
「ポールモーリア曲集」
「ビートルズの曲」も、吹奏楽で知った。
その辺はやったように思う・・・けど。


********************
時は流れた。

*晩ごはん
急に所帯じみた写真だけれど、時は流れた。
「はなこさん」で炊いた、いわしと蕗。


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あとは、れんこんのきんぴらと
冷ややっこ、チーズの蒲鉾
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by pass8515 | 2017-05-09 21:41 | 思い出ばなし | Comments(6)

春の四国

朝。イギリスの電車旅から自転車旅に変わった。
春の「こころ旅」は高知県からスタートした。

春がずいぶんすすんだ高知県、太平洋側。
海がとってもきれいだった。
春の光いっぱいの菜の花畑を自転車は快走。
カエルがもう、ケロケロ鳴いているし、
ふきのとうが成長しきっていた。

「四国に初めて行ったのは、いつ?」
夫婦でそんな話題になった。
関西からは、距離的には近いはず。
近畿の天気予報には、香川や徳島がよく
含まれている。なのに、昔から
近くて遠い四国というイメージだった。

主人は、慰安旅行で道後温泉に行った時。
私は、家族で徳島の祖谷渓とかづら橋に行った時。
瀬戸大橋が開通してからの四国初上陸だった。
やっぱり、橋の力は大きいね~と話をした。

しまなみ海道も、一本で結ばれてさらにアクセス
がよくなり、大好きな砥部焼を買い求めに行ったり、
ただ、讃岐うどんを食べに行ったり、
阪神のキャンプ見学に行ったり。
(高知は遠かった!)


一番、最近に行った愛媛の道後と内子の写真。

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*******************

*晩ごはん
豚肉の生姜焼き、トマトとアボガドサラダ
豆腐のおかか焼き、にんじんしりしり
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🌸ビールも春らしく🌸
一番搾り 若葉香るホップには、素敵な
詩が書いてありました。

春がひそんでいます
花に雲にせせらぎに
春にココロをゆだねて カラダをゆだねて
冬には言えなかったひとことを 言ってみる
思いきってあのヒトに

詩 谷川俊太郎


*********************
トップページがガラッと変わりびっくりしました。
春。ブログも一新ですね!


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by pass8515 | 2017-03-30 21:54 | 思い出ばなし | Comments(4)

おひなまつり

3月になって、ようやくお雛様を出した。
先日、病院で母ともお雛様の話をした。
「お雛さん、毎年出してるか~?」
「出してるよ・・」

母は安心した顔をして、
「お雛さん出すと、心がほころぶやろ~」

実家に置いて行った、
お雛様は三人官女だけを残して、処分したと
母は以前に言っていたのに、五人囃子も
あると言った。
「今度、あんた持って帰るか?」と言うので
持って帰るつもりだ。
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子供の頃、母は「おひなまつり」をしてくれた。
近所の子を誘っておいで、クラスの子を
誘っておいで・・・。ごちそうやお菓子を
用意して、お誕生会の代わりのようなものだった。

しかし、友達を誘うのは私の役目でこれがちょっと
憂鬱だった。
この子を呼んで、この子を呼ばない。どうしよう。
あの友達を呼びたいけれど向こうはそれほどの
友達と思ってなかったらどうしよう。
しょうもないことをぐずぐずと考える所は
まったく変わってない。

毎年、5~7人。女の子ばかりの時もあれば
近所の男の子も招待する年もあった。
ゲームをしたり、母の手料理をおすましして
食べたり、プレゼント交換をしたり。

あれは、確か4年生の時だった。
プレゼントをそれぞれ用意してきてもらった。
金額は200~300円くらいと最初に決めた。
くじも作った。

一人の友達が筆箱セットを持って来た。
ファスナーのついたしっかりとした布地の
ペンケースと鉛筆のセット。
ところがそれが当たった別の友達の親が
その晩、文句を言いに来た。

「文房具屋で、値段を見て来ました。
1000円くらいするんですよ。
子供がやり取りする品物にしては高額すぎませんか!」
と、母に詰め寄った。

別に母が悪いわけではないけれど、主催者側としては
平謝りするしかなく、私も階段の中ほどで
隠れてその様子を聞いていた。

母がかわいそうだった。
昔も、今も親もいろいろ・・・。

クラスが変わってからもしばらく招待して
いた幼馴染がいた。
ずいぶんして大人になってから、その子の
お母さんが、母に「PASSちゃん所のお雛祭り
楽しかったとよくうちの子が言ってたわ」と
言ってくれたそうで、母も嬉しそうにしていた。
私も、なんだか嬉しかった。

そんなこんなをずっと見て来たお雛様
みんな、元気にしています。

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*晩ごはん
豚キムチ、菜の花白和え、菜の花おひたし、
にんじんとヤーコンの炒め物

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by pass8515 | 2017-03-01 21:33 | 思い出ばなし | Comments(10)

donut

帰宅すると、「ドーナツ」があった。
一人2個ずつで、箱に6個。

次の日になるとどうしても硬くなるので、
帰宅後すぐと、食後の2回に分けてドーナツを
食べた。
美味しい~🎵

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昔、昔、学生時代にここでバイトをしていた。
ちょうど1年間。学生ばかりのバイトだったにも
かかわらず、シフトがぐるぐる入れ替わって
特に誰とも仲良くならなかった・・(笑)
ことで、なんだか印象に残っている。

マニュアルという言葉もこのバイトで初めて
知った。
まさにマニュアルにつぐマニュアル。
それさえ、守ればもう完璧!という淡々と
したものだった。

あの頃は、レジスターも旧式で、電卓も
なかった。
たいていのドーナツは70円で、少し上等なのは
80円。
10個のドーナツを買ったとして、まず70円×個数
で計算して700円。
うち80円が3個ならば30円足せばよい・・。
とマニュアルで習い、なるほど!と思った。
消費税もなかったあの時代だから暗算で簡単だった。

ふきんを消毒液に浸して、鋏を拭く。
その鋏で、ドリンクの口を切る。
シェイクも作った。ぶるぶる~っと飛ばしながら作った。

シナモンロールやコーヒーロールという
ものが確かあったな~と思った。
復刻してくれないかな・・.

そんなことを思い出しながら、
ほっとひと息ついた。

*******************

donutはdoughnutとも表記するようで、
ドラマ「カルテット」のカルテットの名前は
難しい方のDoughnuts holeだったと気づいた。
毎週が短編映画のような仕上がりで、楽しみだ。

先ほど見終えた
「お母さん、娘をやめていいですか?」
も、面白いし、
「就活家族」もなんだか見てしまう。

家族を題材にしたホームドラマが今、興味がわいて
ついつい見ている。

*晩ごはん
お惣菜屋さんのコロッケ、
ひじき、白和え、煮豆。

実質、3人での食事は今夜で最後。
特にごちそうというのも考えつかず
息子が好きな、ここのコロッケで。
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*おべんとう

おべんとうもこれで、区切りがつけられそう。
弁当箱は、持っていくらしい・・・。
本当に作るのかな~。(笑)
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by pass8515 | 2017-02-24 23:38 | 思い出ばなし | Comments(6)

ちょっとだけ春の気配

少し、のそのそしている間に2月になった。

気がつくと、ずいぶん日が長くなった。
帰りの自転車のライトはもう要らなく
なった。

**今年も、月初めはカレンダーから
始めたいと思います。**

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毎日、楽しみにおじゃましているhanamomoさんのところで
1972年の音楽・札幌オリンピックの話題に出会った。

そちらにコメントを寄せられていた方々のその当時の
思い出を拝見するのもまた、楽しかった。
同じ時代を違う年代・立場から話されて、
私も当時の記憶がよみがえったようだった。

小学2年生の3学期だった。
オリンピックは笠谷選手の事をぼんやり
思い出すくらいなのだけれど、
トア・エ・モアの「虹と雪のバラード」が
大好きだった。

人口が膨れた、あの当時。
通っていた学校は2つに分かれることになり、
クラスでお別れ会をした。
そのお別れ会で、仲良し5人組でこの歌を
歌った。
私と、近くに住むKちゃんは、新しい学校へ。
Iさん、Tさん、そしてYちゃんの3人は、
そのまま残った。

!さんとTさんは、とても美しい人だった。
小学校2年生で、そういう印象もおかしいけれど
背がすっと高くて色が白くて、
本当に、「きれいなお姉さん」だった。
幼い記憶とは面白いものだなと思う。

Yちゃんは、快活ではきはきしていて
面白い子だった。ムードメーカーだった。
小林聡美を見ると思い出していた。
おそらくこの歌にしようと言ったのも
Yちゃんだったような気がするし、
「わ・わ・わ・わ~とバッグコーラスを
入れよう!」と提案したのもYちゃんだった。
その手振りをはっきりと覚えている。

「町が(わ・わ・わ・わ~♬
できる(わ・わ・わ・わ・~♬
美しい町が(わ・わ・わ・わ~♬」という具合である。

このフレーズが一番好きだった。

「町ができる、美しい町が
あふれる旗 叫び そして唄」

そして、私たちは別れて行った。
もうそのあと会うことはなかったけれど、
札幌オリンピックというと思い出すことだった。

どうしているのかな~。
こうして、ひとつの話題で記憶がよみがえり
懐かしい気持ちになる。
それがまたブログのおかげだなと思う。

最近、ちょっとした出来事があって
息子が買って来たケーキ。
ベリーづくしで、酸味たっぷりの
好みのケーキだった。
ありがとう。
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by pass8515 | 2017-02-01 22:54 | 思い出ばなし | Comments(2)

喪中はがき

今朝の、津波警報のニュースをずっと見ていた。
どうか、早く避難してください。それだけを思い、出かけた。
お昼のニュースでは、警報・注意報も解除されていて、大した被害もなく本当に良かった。

******************
家に帰ると、喪中はがきが3通届いていた。
友人たちのお実父様や、お義父様。
次々とだな・・・と思いながら、はがきを置いた。
故人のお名前に、友人の旧姓を思い出し、なぜか懐かしい気持ちにもなった。

今の苗字の方がお互いうんと長くなったけれど、あの頃を思った。

3通のうちの、1通の友人について、実は最近ブログを書こうと思っていた。
朝ドラ「べっぴんさん」を見ていて、思い出したことで書こう、書こうと思いながらも機会を逸していたところの、
その高校時代の友人からの便り。

今夜書こうと思います。

団時朗さん

「帰ってきたウルトラマン」のヒーローの印象が私は強く残っている人だ。
「カーネーション」では紳士服ロイヤルの店主だった。
「べっぴんさん」では闇市の元締めの親分で、「場銭はもう取りません!」と唐突に宣言した人。
京都のご出身で、その友人の家の近くに以前、住まわれていたらしく、友人が「団時朗さんが
帰ってきたはる。」と学校で時々言っていた。

10代のある日のこと。その友人と買い物に行く約束をした。
電車の時間を合わせ、一駅後から乗った私に友人が「団時朗さんと駅で一緒になった。
この電車に乗ったはる。」と言う。
どれどれ・・・私たちは車両を移り、彼を見に行った。

男前はもちろんのこと、とーーーーっても足が長かった。
普通、人は座席に座るとひざの角度は直角になるが、彼の場合、鋭角で(30度ぐらい?)
長い足を持て余し、伏目がちで端っこの席に座っていた。
ブルージーンズと、こげ茶のハーフブーツ。とてもよく覚えている。

芸能人とはこんなにも格好いいものなのか・・。
初めて、至近距離で見た芸能人だったと思う。
この記事を書くにあたり、プロフィールを調べてみると
私は「ウルトラマン」の事しか知らなかったけれど、MG5のコマーシャルなどにも出演した
モデルさんだったようで、格好いいはずだった。

近年「おばあちゃんになりました。」
と、いう年賀状を彼女から受け取って、それだけのお付き合いになってしまっていた。
久しぶりに、メールをしてみようかなと思った。


*****************
*昨夜の晩ごはん
竜田揚げ・大根の皮できんぴら・大根とはやとうりと柚子の皮とハムの和え物。

新酒をワイングラスで。

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*今夜の晩ごはん

鶏肉の酒粕炒め・あぶりあじ

ワイングラスにお酒というのが、酒蔵の試飲に合う!っと何かの番組でやっていたので
今夜もワイングラスで。
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イタリアのチョコをいただく。
キラっと光ったので載せてみました。

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今日は、とても暑いくらいの陽気だったが明日は10℃も下がるらしい。


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by pass8515 | 2016-11-22 21:31 | 思い出ばなし | Comments(2)

住めば都

一家で、夢中になった兵庫県の「こころ旅」の今夜は最終日だった。
新舞子海岸から造船の街・相生へ・・国道・通称「七曲り」という海沿いのワインディングロードを突っ走る・・。
と、思いきや半分はバスで輪行していた。ワインディングロードに加えて、起伏も激しいこの道は、ちょっときつかったのかも知れない。

番組内で降り立ったバス停「大浦」は、私も30年ほど前に、一度バスで行ったことがあるのを思い出した。
まさに、公園デビューした公園で仲良くなった親子と小さな旅をすることになった。あの頃、二人とも運転免許を取っておらず「海へ行こう。
そうだ、バスで行こう」と1時間に一本もあるかないかのバスで「七曲り」を通って、終点「大浦」に着いた。
な~んにもなかった。今もまったく変わっていない。浜辺からも遠く、雑然とした広場でお弁当を広げた。
それでも1歳にも満たない子供たちより、親の私たちの方が解放感でいっぱいだった。冒険したような気持ちだった。

帰りのバスが、これまたなかなか来なくて、もう笑うしかなかった。

「住めば都」これほど、この土地に馴染むなんて、あの頃の自分からは想像もできなかった。


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一気に季節がすすんだ一週間だった。ご飯が美味しくって、食べ過ぎに気をつけようとそればかり考えているけれど結局、食べている。
自分は、太っても痩せられると、安易に思っているけれど、加齢に伴いそれほど簡単ではないと思っておかないといけないな・・・。

どうぞ、よい週末を!
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by pass8515 | 2016-10-14 21:23 | 思い出ばなし | Comments(8)

毎日を丁寧に過ごしていきたいから自分の暮らし、想いを綴ります。


by pass