カテゴリ:思い出ばなし( 53 )

秋のもの

台風がもたらした暑い一日だった。
エアコンをかけた上に扇風機も回した、四十九日の法要だった。

お膳は「秋のもの」で彩られていた。
季節はずれの暑さだったけれど、秋の食材をたっぷりと味わった。

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息子が「おじいちゃんと、ハンバーガーを食べに行ったことを覚えている」と話した。
どこに行ったのかは忘れたけれど、何が食べたい?と聞かれて、「ハンバーガー」と答えたらしい。
ポテトを美味しいなあと、父はつまんでいたらしい。
初めて聞く話だった。
おそらく、映画を観に連れて行ってもらったのではないか。「ゴジラVSガメラ?」だったかな・・。
本人はもう忘れているようだけど、食べ物の記憶だけは、きちんと残っている。

銀鱈、鰆の味噌漬け
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そば粉饅頭

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そして、最後にやっぱり、最高の秋のごちそう「栗ごはん」が出てきた。
母が、「ああ、お父さん、今年の栗も、さつまいもも、食べれへんかった・・」と言った。
素朴な栗ごはんだった。栗がほんのりと甘かった。

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こうして、父の話をして美味しい肴とお酒で、まだそこらあたりに居てるかのような気持ちになった。

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母がまた匂い袋を持たせてくれた。
「羅漢さん」
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京のわらべ唄より
『羅漢さんがそろたら、まわそやないか
ヨイヤサノ ヨイヤサ ヨイヤサノ ヨイヤサ』



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by pass8515 | 2018-10-08 16:23 | 思い出ばなし | Comments(4)

赤平

台風の影響で、生暖かい風が吹き込んでくる。
昨夜から暑さが戻って来て、久しぶりに半そでで寝た。

昨日の「こころ旅」の行き先は、北海道の赤平市だった。
火野正平さんは、初めて聞いたと赤平の事を言っていたけれど、私は知っていた。
行ったことはないけれど、父からよく聞いていたので、知っていた。

私が小さいころ、仕事でちょくちょく北海道に行っていた。
とにかく、寒い。
濡れたタオルを振り回すと、ピンと凍って、まっすぐに!タオルがタワーになるんや!
と、それもよく言っていた。

でも、実際のところ、北海道のどこに行っていたのかを聞いたのは、私が大人になったあたり。
赤平だった。炭鉱があったと言っていた。
もうその頃は、北海道には行っていなかったけれど、若い日の懐かしい仕事の思い出として、父の心にはずっとあったことだろう。

テレビで見た赤平は、炭鉱で栄えた頃の6分の1ほどの人口になったらしく、どこかひっそりとしていた。
父はその最盛期に、あの町に何度か足を運んだのだなと思った。
そして、ズリ山(ボタ山)と言う炭鉱の名残の山がそびえていて、正平さんは777段の階段を登って、街を見下ろした。

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三連休に四十九日で、帰省する予定。
台風がどうなるかが心配だったが、近畿にはそれほど影響がない予報で、無事に執り行えそうだ。

気持ちの区切り。
よく言うことだけれど、母も徐々にそういう気持ちになって来るものだなと言っていた。
生活に慣れて来た。いない事に慣れて来た。

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しばらく、私もぼんやりしていた。
九月があっという間に過ぎて、いつの間にか秋になって、秋の花がどんどん咲いて、台風もわんさかやって来て、それでも季節はめぐり、
日々を過ごしていかねばならない。

*庭の秋の花*
ほととぎす(まだつぼみばかりです)水引、赤マンマ


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by pass8515 | 2018-10-06 09:55 | 思い出ばなし | Comments(6)

よかった。

秋晴れの、一日だった。
台風が近づいているのに、今日は心地のよい秋晴れだった。

夕方、母に電話をした。
毎日でも電話しようと、あれから決意したのに、そうはいかない。
週三が、精いっぱいかな。

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母は、とてもよく喋った。
覚悟はしていたけれど、みっちり30分。
次から次へと、話題が変わり、でも私も楽しかった。
結構、笑った。母の話は、いつも楽天的で、毒がない。
それが、私には何より癒される。

いろ~んな話のあと。思い出したように・・。
「Kが言うててな・・・・」と唐突に言う。
「Kって?え?叔父さんのこと?叔父さん、来たの?」
私は、驚いて声を上げてしまった。
母のすぐ下の弟で、長年海外で暮らし、ずっと疎遠になっていた・・・どうやらその叔父のことらしい。
知らせを受けて、夫婦で父を参ってくれたらしい。

私が子供の頃は、近くに暮らしていたから、二家族で毎年、海水浴に出かけた。
福井の小浜や、丹後の由良海岸や、鳥取や・・・。
自転車で、出かけては、従妹と泊まり合いっこなんてしていた。
叔父は、その当時からグローバルな精神で、海外に目を向けて、めずらしいお土産をよく買ってきてくれた。
そういう生き方はどこか、憧れでもあった。
先日、幼き頃のアルバムを見ていたばかりだったから、どうしているのだろうと、案じていた。
だから、余計にびっくりした。

母も、それはずっと心にあっただろう。
兄弟とずっと疎遠。別に喧嘩した覚えもないのに、どこか疎遠。なぜか疎遠。
でも、いまさら歩み寄ることなど、お互いにできない。
父とも、そんな話をしていたらしい。

また、ひとつ父がくれた再会があった。
私も、どこかほっとした。

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さつまいものサラダ
いちじくのドライと玉ねぎで・・・。

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おべんとう
秋の色をいろいろ。

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週末は、台風が通過しそう。
もう、被害がありませんように。
もう、たくさんです。
どうか、皆さんよい週末を!



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by pass8515 | 2018-09-28 20:40 | 思い出ばなし | Comments(4)

さつまいも

母が芋ほりに行ったと、掘りたてのさつまいもを送ってくれた。
きれいに洗って、一つ一つ新聞紙にくるまれていた。

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昨夜は、久しぶりに友人と会った。
猛暑だったし、私の父の事もあったしで、少し間があいた。

「どう?落ち着いた?」
と、友人は気づかってくれた。
「ありがとう。でもね、実感がないねん。涙も出ない。こんなもんかな。」
「本当に、急だったね。」
「呆気ないね。父は、A4サイズのノートに1ページ、毎日ぎっしりとその日にあった出来事を時間ごとに書いててん。その日も朝の6時、7時の事は書いてるねん。後は、昼寝の後にでもまとめて書こうと思ってたんと違うかな」
「すごいね。お父さん」
「ここ数年、ベッドの上やったから、とにかく、何かを書いてたな~」

静かに、ただ毎日父の事を思い出していた。
話題を変えようとは思ったけれど、友人は察したかのように、父のことに耳を傾けてくれた。
有難かった。

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今朝、古いアルバムを取り出した。
とても、勇気が要った。
何も今、わざわざ・・・という気持ちと、開いて見たいという気持ちと・・・
行ったり、来たりだったけれど、絨毯のような風合いのアルバムは、とても温かみがあった。

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生まれた時からの3年半ほどの出来事がこの一冊に詰まっていた。
セロテープがカラカラになって、写真がくっついて、その修復に追われながらも、胸がいっぱいになった。

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そんな時に、ちょうど届いたさつまいもだった。
すぐに母に電話をして、アルバムを見ていたところだったと言った。
「お父さんは、いつも背広やったな。大丸の屋上でも枚方パークでも、背広やなあ」
「そうや、昔は出かける言うたら、背広やねん。家の服か、背広。その中間のリラックスできる、出かける服なんてあらへん」と
母は、言った。

昨日は、さつまいもの天ぷらをして父に供えたらしい。
「お父さんって、特にこれが好物ってなかったな」
「そうや、とにかく何でも食べた。これが嫌いというものがなかったなあ。」

早速、今夜は我が家もさつまいもの天ぷらにしようと思った。

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お昼ごはん
昨夜の残り物や納豆や・・・
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by pass8515 | 2018-09-24 15:55 | 思い出ばなし | Comments(12)

ワールドカップ

ワールドカップが始まった。
ブログを始めて3年の私は、初めてのワールドカップイヤーである。

語りたい。
我が家におけるワールドカップを語りたい。

野球好きに加えて、サッカー好きの夫の一面を知ったのは「ドーハの悲劇」に出くわした事だった。

たまたま、寝しなに、つきあいで見ていた私は事の重大さを始めて知る。
夫の落胆。何より世間の反応。えらいこっちゃ!
ワールドカップとは、それほど数奇で偉大な事なのか。
知らなかった。

ほどなく幼い二人の息子は、親が特にすすめたわけでもないのに、サッカーにのめり込んだ。
地域のたった小さなサッカークラブだったけど、意気揚々、二人の活躍が何よりも楽しみだった。
  
フランスワールドカップを経て、歓喜に湧いたあの日韓ワールドカップ。 
二人は中学生になっていた。

イングランド代表が淡路島に拠点を置き、神戸でカメルーンとの親善試合。
ベッカム見たさに一家で行った。
世界レベルのサッカーとは、こういうものか。
当時のスーパースター…ベッカムはただウォーキングアップだけの出場なのにスタジアムが湧いた。
だんだんとルールがわかり選手がわかり、わきに湧いたあの日韓ワールドカップだった。

・・・当時の同僚、男性社員は、ワールドカップですよ!
あのワールドカップを日本でやるんですよ!すっごい事なんですよ!
と、私に教えてくれた。
ひんしゅくも顧みず、有給とって必ずワールドカップ開催地に赴く彼は、今はロシアにいるのだろうか。

ドイツ、南ア、ブラジル、いつの時も夜中、明け方おかまいなくどっちかの息子・夫と固唾を呑んで観ていた。

さて始まった。
今期は、息子らはもういない。
それぞれの地で、観ている事だろう、ロシアワールドカップ

今夜は、フランス対オーストラリア。
ジダンもアンリもとっくにいない。
今のフランス代表って?という会話から、夫婦で観戦した。

19日は、日本代表初戦だ。
不安しかないと、どこかのMCが言ってたなあ~。
そんな時こそ、金星があるのですよ。
なんて、期待しながら応援したいと思います。

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百合が咲いた。
根本のどくだみを必死に刈っていたときに花粉が付いたのだろう。
家に入って、鏡を見ると、あごか黄色かったのにびっくり!

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紫陽花を籠に盛る。

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フランスとイタリアのお手頃炭酸水♪


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久しぶりに、おかひじきをゆがいた。
しゃきしゃき。お醤油をかけていただいた。

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サーモンのお刺身、夏野菜グリル

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by pass8515 | 2018-06-16 19:54 | 思い出ばなし | Comments(2)

花に囲まれて

なんだか、蒸し暑い。
週明けは雨かと思ったら、結局一日降らなくって、湿気をすごく感じる。
四国も梅雨入りしたらしい。
あと、数日したら近畿地方も梅雨入りすることでしょう。

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日曜日の夕方に見ている「COOL JAPAN」という番組が面白い。
劇作家・鴻上さんの司会で、外国人目線で、日本という国を見つめ直すという番組。

昨夜のテーマは「フラワーパーク」だった。
わざわざ、花を育てて、手入れして、入場料を取っての「フラワーパーク」というものは日本特有という。
花はどの国にもあふれているだろうけれど、わざわざ育てて、理路整然と整備してという観点が日本らしいというのだ。

例えばチューリップの球根ひとつとっても、会期中に花が途切れないように、ち密に計算して、時期をずらして植え込む。
当たり前のように、そこにあるものが外国人にとっては、異質で非常に興味深いらしい。

番組で取り上げられた「国営ひたち海浜公園」のネモフィラは海のように青々として、息をのむほどの美しさだった。
いつか、ブログのお友達のところで見せていただいたネモフィラの海。
私も、いつか行ってみたいと思ったのだった。

さらに、今ではあちこちにある「フラワーパーク」の原型は、およそ30年前に開催された大阪・花博だったということに、いささか驚いた。



当時、花でこんなに人を呼べるとは思われていなかったらしく、間に合わせのプランターの花を置いただけだったのに、大盛況の大成功!
これなら、花で人が呼べる!と、立証できたらしい。

私も、2回行きました。

2回とも、まだ1歳にもならない下の子は留守番で、上の子だけ連れての花博だった。
楽しかった♪
子連れの大型イベントは初めてだったから私もとても楽しかった思い出がある。
特に記憶にあるのは、とにかく息子は着ぐるみにものすごく恐怖心が強くって、どんなに上機嫌でも着ぐるみが近づいて来たら、火がついたように泣きわめいた!(笑)のだった・・・。
私に、抱きついて泣いている写真が今もアルバムにある。

昭和45年の大阪万博がとても印象深かったので、こういう大規模イベント・博覧会に息子も連れていこうと思った。
しかし3歳と少し。
おそらく花博は、記憶にないだろう。
私だけの、遠い楽しかった記憶。それでよし。

********************

花は、いいなあ♪
あの頃はそうは思わなかったけれど、年を重ねるごとに花が人の心を揺さぶることを身をもって知る。

チェリーセージ

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松葉菊と薔薇

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おべんとう
雑穀米、ベーコンじゃが、ひじき、スナップえんどう
ほうじ茶

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晩ごはん
昨夜の白いんげんとベーコンの煮込みをリメイクしてカレーに・・。
なすとにんじんと、ひよこ豆(まだ、まだ、あります)を加えて・・。

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by pass8515 | 2018-05-28 19:50 | 思い出ばなし | Comments(2)

愛しき日々

3連休と4連休にはさまれた、昨日と今日はただあわただしく時が過ぎた。
はあ~お疲れさん。

休憩時間にテレビをつけると、「このあと4人が会見」という話題ばかりだった。
今回の件で、思い出したことは「鉄腕ダッシュ」という番組だった。
息子たちとよく見ていた。
それほど激しい反抗期はなかったにせよ、多感な時期。
だけど、日曜の夜は決まって「鉄腕ダッシュ」
一緒に笑って見ていたあの日々を思い出した。

ソーラーカー日本一周に、DASH村。
すごく覚えているのは、香港の街の急坂を一度も足をつかずにどこまで自転車で下れるかという競争。
ジャッキー・チェンとの闘いは、迫力満点!ばかばかしいけどおかしかった!

あんな頃のひとつひとつが愛しくて、懐かしいなあと思った。

今回の件は、特にここでは触れないけれど、しっかりした大人になるという事は簡単なことではないけれど、それほど難しいことでもないと思う。
ただただ、残念・・と思った。

*********************
急須
今日は、八十八夜
茶どころに生まれ育ち、茶畑はいつも身近な風景だったなと今更ながら思った。
母がまとめて、いつも買ってくれている緑茶。
そう言えば、お茶ってほとんど自分で買ったことがないな~と思った。

以前母と旅した金沢で求めた九谷の急須にヒビが入って、ぽとぽと漏れだしたので泣く泣く処分した。
適当な急須って、急にはなかなか見つけられないものと、痛感した。
そもそも、急須の需要ってそんなに激減しているのか?
どこも、品揃えの少なさに、愕然とした。
近くの雑貨店で「HARIO」のガラスポットを見つけた。

緑茶でも紅茶でもハーブティでもなんでも来い♪

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そして、愛用している茶こしです。
以前、伊勢を旅した時に一目惚れ♪

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雨風が激しかったけれど、夜になって落ち着いた。
GW後半。普段できないことを楽しみたいなと思う♪





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by pass8515 | 2018-05-02 22:20 | 思い出ばなし | Comments(8)

懐かしさ

昨夜は年度末で、帰宅が遅くなった。
それぞれの人と別れを惜しんでいたら、すっかり遅くなってしまった。
お疲れ様でした。どうぞお体に気をつけて・・。
本当に、お世話になりました。

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帰宅したら、夫が「お母さんから電話があった・・」と言う。
何事だろう?なんだか気になって、晩ごはんもそこそこに電話をした。

「いや~あんた、ごめんな。忙しい日に、悪かったわ・・しょうもないことやねん~」と母は言う。
しょうもないこと・・・なら良かった。

「小学校の時のT先生って覚えてるか?今日、電話があってん。もしかして、○○ちゃんのお宅ですか?ってちゃんとあんたのこと覚えてはったで・・」
しょうもないことでも全然なく、とても懐かしい人の名前だった。

T先生。2年生の時の担任の先生だった。
とても、はち切れそうな健康美の元気な先生で、私も大好きだった。
時々、元教師という60代後半ぐらいの人を見かけたとしたら、T先生もこのくらいなのかな~と思い出してもいた。

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あることで、いろんなお家に電話をしているらしい。
住所と苗字で、もしかしたら私の家かと途中で先生は思ったらしく、母に尋ねたらしい。
先生になりたての最初の受け持ちが私たちで、特に印象に残っていたらしく、私の家にも遊びに来てくれたことも、ちゃんと先生は覚えていてくれた。

2年生から3年生になる時に、私たちの住んでる地域ごと、新しい学校に移ることになった。
その移る前の春休みのこと。
当時、私の隣家に住む同じクラスだった男子が何人かで先生を呼びに行き、私の家にやって来た。
玄関を開けると、ついこの前、泣く泣くお別れした先生が目の前に立っている。
そして、ニタニタして男子数人がいる。(可愛い!)
嬉しくて嬉しくて、母が「どうぞあがってください」と皆を招き入れ、2階でゲーム大会をした。
そして、近くの堤防まで、遊びに行ったのだった。
玄関を開けたときの瞬間と大盛り上がりのゲーム大会と、そして堤防へのピクニック・・。
その光景がずっと、遠い、遠い、春休みの出来事として、記憶にあった。

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もう一つ、T先生の思い出は、歌をよく教えてくれたこと。
「青い空は」と「許すまじ原爆を」という歌を教えてくれたのは、この先生。

燃える八月の朝
影まで燃え尽きた
(青い空は)

身寄りの骨埋めし焼け土に
(ゆるすまじ原爆を)

黒板の書かれた歌詞だけでも、小学2年の私には、怖い、おそろしい、絶対にしたらあかん。
という気持ちが植え付けられた。

新任の20代初めの先生が、2年生の私たちにこういう大切なことを教えてくれた。

母は、電話で話をしているうちに、だんだんと先生の記憶がよみがえって来たと言っていた。
母も嬉しかったのだろう。娘の事をちゃんと覚えてくれていて、思い出話がどんどん出て来て。
そして、私に電話をくれた。

先生。お元気で良かったです。
もしお会いできたとしたら、歌を・・・この二つの歌は忘れることはなかったです。
と言いたい。

***********************

甘夏でマーマレードを作った。

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果肉と果汁と、ピーラーで剥いた皮を(このやり方は、とってもいいです!)ぐつぐつ煮た。
少し、酸っぱいぐらいが好みの味なので、ちょうどよく仕上がった。

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買い物のついでに、寄り道して桜を見た。
お花見準備の人たちが次々と上がって来ていた。

春爛漫!

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by pass8515 | 2018-03-31 17:59 | 思い出ばなし | Comments(4)

映画の話

今年もアカデミー賞の話題に沸いた。
日本人メーキャップアーティストが受賞して、いっそう沸き立った。
以前は、朝から中継を見ていた。
華やかさの中で、連発するアメリカンジョークと皮肉と笑い。
日頃の暮らしとは、まったくの別世界に魅了されたものだった。

今年の受賞作も、力作ぞろいのようだけど、実際に私が目にするのは、また当分先の事だろうな~と思った。
お気に入り「ラ・ラ・ランド」も半年後の事だった。

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映画の話ができる人。
よく、思い出すのはかつて職場で一緒だったKさんだった。
お互いにアラフォーの頃、とても気があった。
彼女と、お昼に一緒になるのが楽しみだった。

「ぱすさん、雑誌、例えばan・anなんかで、おすすめ映画ベスト3に必ず登場する『ショーシャンクの空に』を見たことがありますか?
本当に、そんなにいいのかな~って気にはなってるんですけど。」
「とても、いいよ。感動して、スカッとする映画だよ。私も人に勧められて・・おすすめよ♪」

その後、職場で『ショーシャンクの空に」が口コミで広がり、未見の人たちはレンタルビデオを回し見していた。
聖書の中のくりぬかれた鍵の跡の場面が絶賛!痛快だった!と、皆が言っていた。

そして、今度はKさんは「その次に必ずランキングしている『ニューシネマパラダイス』はどうでしょう」
「私も、気になりながら、まだ見ていないのよ。でも、2位だから、絶対にいいよね。いつか見たいと思うわ」

Kさんとはそのあと、なかなか会う機会はなかったが、約束通りに『ニューシネパラ』を見た。
やっぱり、良かった。ラストシーンは鳥肌が立った。
そして、あの頃Kさんが映画館で見たと言っていた「ライフ・イズ・ビューティフル」も見た。
「これから行くところは、きっといいところだよ。夢のようなところだよ」と子供が怖がらないように、父親が一生懸命に芝居をした。
彼女が言っていた通り、あまりにもせつない映画だった。

それから、ずいぶん時が経ち、お互いにアラフィフ。
ある集まりでKさんと再会し、真っ先に駆け寄ってくれた。
「ぱすさん、私、結婚したんですよ~。もう、まさかでしょう!」
「良かったね。本当に良かったね。」
「映画、見てますか?」
「うん、ちょっと職場環境変わったから、前ほど見れてへんのやけど・・・。
でも、映画と言えばKさんのことを思い出すよ。あ~もう、今、名前が違うんやね~」と笑い合った。

本当にいい出会いだった。
人も、映画も、こうした思いはずっと心の奥に灯り続けているものですね。

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冬が行ったり来たりで、また寒くなる。
だから春らしい写真を。

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今日のおべんとう

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by pass8515 | 2018-03-06 22:02 | 思い出ばなし | Comments(4)

人に甘える、人に頼む、人に委ねる。
その、基準や感覚の違いに時として戸惑い、負担を感じ、ストレスになったりする。

よく思い出す事はシャーペンの芯である。
中学生だったころ。
私は後ろの席の子に「シャーペンの芯、ちょうだい」と頼んだ。
その子は、「なんで、あげなあかんの?」
と言った。
私は、絶句した。
「え?え?なんで、あげなあかんの?」と、真面目な顔して、さらに言われた。

シャーペンの芯は、簡単にあげるものだったし、もらうものだった。
一本だけなら、ケチくさく感じ、二本あげる事もいとわなかった。
お互い様の雰囲気が周りにあった。
そんなものだと思っていた。しかしこう言った感覚は人それぞれなのだと学んだ。

言われてみるとそうだ。
なんで、当たり前の顔して、芯をちょうだいなんて、言うのか。
なんで、そう言われてすっと、あげなければいけないのか。
その子に言われて初めて自分の浅はかさを恥じた。
うん。恥ずかしかった。
きちんと、違和感を主張したその子は偉かったなと思う。

こうして、小さなことをひとつひとつ学んだ。
そうして、大人になって家庭を持って、様々な難敵も現れた。

コープの商品を毎週、預かって欲しいと言って来た人。
学校の行事のたびに我が家の前に駐車させて欲しいと言って来た人。
職場の飲み会のたびに、乗せて行って欲しいと言わんばかりに「今夜、どうやって行かれます?」とメールしてきた人。

それぞれに手ごわかった。
しかし、一度承諾してしまえば、こういう人たちはずっと何かしら甘えてくる。
そのうち負担に思い、断るのにこっちが余計な労力を使う事になる。
だから、時にははっきり、ときには遠回しに・・断った。
きっと、この人たちはあの頃の未熟な私のシャーペンの芯くらいの軽い気持ちなのだと思う。
人に頼むことをなんとも感じていないのだろう。
相手の都合とか、負担とか、迷惑とか考えてないのだろうな。
軽い、軽い気持ちなのだなと思うようにした。

自分だって、気をつけなければいけないことだなとも思うのである。

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昨夜の残りのハッシュドビーフ
目玉焼きとウインナーそえて・・・。
目玉焼きが少しつぶれました。

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大好きなパン屋さんの久しぶりのパン!
今朝は、このパンを楽しみに、起きた。
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by pass8515 | 2018-03-02 18:56 | 思い出ばなし | Comments(4)