カテゴリ:思い出ばなし( 46 )

懐かしさ

昨夜は年度末で、帰宅が遅くなった。
それぞれの人と別れを惜しんでいたら、すっかり遅くなってしまった。
お疲れ様でした。どうぞお体に気をつけて・・。
本当に、お世話になりました。

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帰宅したら、夫が「お母さんから電話があった・・」と言う。
何事だろう?なんだか気になって、晩ごはんもそこそこに電話をした。

「いや~あんた、ごめんな。忙しい日に、悪かったわ・・しょうもないことやねん~」と母は言う。
しょうもないこと・・・なら良かった。

「小学校の時のT先生って覚えてるか?今日、電話があってん。もしかして、○○ちゃんのお宅ですか?ってちゃんとあんたのこと覚えてはったで・・」
しょうもないことでも全然なく、とても懐かしい人の名前だった。

T先生。2年生の時の担任の先生だった。
とても、はち切れそうな健康美の元気な先生で、私も大好きだった。
時々、元教師という60代後半ぐらいの人を見かけたとしたら、T先生もこのくらいなのかな~と思い出してもいた。

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あることで、いろんなお家に電話をしているらしい。
住所と苗字で、もしかしたら私の家かと途中で先生は思ったらしく、母に尋ねたらしい。
先生になりたての最初の受け持ちが私たちで、特に印象に残っていたらしく、私の家にも遊びに来てくれたことも、ちゃんと先生は覚えていてくれた。

2年生から3年生になる時に、私たちの住んでる地域ごと、新しい学校に移ることになった。
その移る前の春休みのこと。
当時、私の隣家に住む同じクラスだった男子が何人かで先生を呼びに行き、私の家にやって来た。
玄関を開けると、ついこの前、泣く泣くお別れした先生が目の前に立っている。
そして、ニタニタして男子数人がいる。(可愛い!)
嬉しくて嬉しくて、母が「どうぞあがってください」と皆を招き入れ、2階でゲーム大会をした。
そして、近くの堤防まで、遊びに行ったのだった。
玄関を開けたときの瞬間と大盛り上がりのゲーム大会と、そして堤防へのピクニック・・。
その光景がずっと、遠い、遠い、春休みの出来事として、記憶にあった。

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もう一つ、T先生の思い出は、歌をよく教えてくれたこと。
「青い空は」と「許すまじ原爆を」という歌を教えてくれたのは、この先生。

燃える八月の朝
影まで燃え尽きた
(青い空は)

身寄りの骨埋めし焼け土に
(ゆるすまじ原爆を)

黒板の書かれた歌詞だけでも、小学2年の私には、怖い、おそろしい、絶対にしたらあかん。
という気持ちが植え付けられた。

新任の20代初めの先生が、2年生の私たちにこういう大切なことを教えてくれた。

母は、電話で話をしているうちに、だんだんと先生の記憶がよみがえって来たと言っていた。
母も嬉しかったのだろう。娘の事をちゃんと覚えてくれていて、思い出話がどんどん出て来て。
そして、私に電話をくれた。

先生。お元気で良かったです。
もしお会いできたとしたら、歌を・・・この二つの歌は忘れることはなかったです。
と言いたい。

***********************

甘夏でマーマレードを作った。

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果肉と果汁と、ピーラーで剥いた皮を(このやり方は、とってもいいです!)ぐつぐつ煮た。
少し、酸っぱいぐらいが好みの味なので、ちょうどよく仕上がった。

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買い物のついでに、寄り道して桜を見た。
お花見準備の人たちが次々と上がって来ていた。

春爛漫!

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by pass8515 | 2018-03-31 17:59 | 思い出ばなし | Comments(4)

映画の話

今年もアカデミー賞の話題に沸いた。
日本人メーキャップアーティストが受賞して、いっそう沸き立った。
以前は、朝から中継を見ていた。
華やかさの中で、連発するアメリカンジョークと皮肉と笑い。
日頃の暮らしとは、まったくの別世界に魅了されたものだった。

今年の受賞作も、力作ぞろいのようだけど、実際に私が目にするのは、また当分先の事だろうな~と思った。
お気に入り「ラ・ラ・ランド」も半年後の事だった。

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映画の話ができる人。
よく、思い出すのはかつて職場で一緒だったKさんだった。
お互いにアラフォーの頃、とても気があった。
彼女と、お昼に一緒になるのが楽しみだった。

「ぱすさん、雑誌、例えばan・anなんかで、おすすめ映画ベスト3に必ず登場する『ショーシャンクの空に』を見たことがありますか?
本当に、そんなにいいのかな~って気にはなってるんですけど。」
「とても、いいよ。感動して、スカッとする映画だよ。私も人に勧められて・・おすすめよ♪」

その後、職場で『ショーシャンクの空に」が口コミで広がり、未見の人たちはレンタルビデオを回し見していた。
聖書の中のくりぬかれた鍵の跡の場面が絶賛!痛快だった!と、皆が言っていた。

そして、今度はKさんは「その次に必ずランキングしている『ニューシネマパラダイス』はどうでしょう」
「私も、気になりながら、まだ見ていないのよ。でも、2位だから、絶対にいいよね。いつか見たいと思うわ」

Kさんとはそのあと、なかなか会う機会はなかったが、約束通りに『ニューシネパラ』を見た。
やっぱり、良かった。ラストシーンは鳥肌が立った。
そして、あの頃Kさんが映画館で見たと言っていた「ライフ・イズ・ビューティフル」も見た。
「これから行くところは、きっといいところだよ。夢のようなところだよ」と子供が怖がらないように、父親が一生懸命に芝居をした。
彼女が言っていた通り、あまりにもせつない映画だった。

それから、ずいぶん時が経ち、お互いにアラフィフ。
ある集まりでKさんと再会し、真っ先に駆け寄ってくれた。
「ぱすさん、私、結婚したんですよ~。もう、まさかでしょう!」
「良かったね。本当に良かったね。」
「映画、見てますか?」
「うん、ちょっと職場環境変わったから、前ほど見れてへんのやけど・・・。
でも、映画と言えばKさんのことを思い出すよ。あ~もう、今、名前が違うんやね~」と笑い合った。

本当にいい出会いだった。
人も、映画も、こうした思いはずっと心の奥に灯り続けているものですね。

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冬が行ったり来たりで、また寒くなる。
だから春らしい写真を。

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今日のおべんとう

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by pass8515 | 2018-03-06 22:02 | 思い出ばなし | Comments(4)

人に甘える、人に頼む、人に委ねる。
その、基準や感覚の違いに時として戸惑い、負担を感じ、ストレスになったりする。

よく思い出す事はシャーペンの芯である。
中学生だったころ。
私は後ろの席の子に「シャーペンの芯、ちょうだい」と頼んだ。
その子は、「なんで、あげなあかんの?」
と言った。
私は、絶句した。
「え?え?なんで、あげなあかんの?」と、真面目な顔して、さらに言われた。

シャーペンの芯は、簡単にあげるものだったし、もらうものだった。
一本だけなら、ケチくさく感じ、二本あげる事もいとわなかった。
お互い様の雰囲気が周りにあった。
そんなものだと思っていた。しかしこう言った感覚は人それぞれなのだと学んだ。

言われてみるとそうだ。
なんで、当たり前の顔して、芯をちょうだいなんて、言うのか。
なんで、そう言われてすっと、あげなければいけないのか。
その子に言われて初めて自分の浅はかさを恥じた。
うん。恥ずかしかった。
きちんと、違和感を主張したその子は偉かったなと思う。

こうして、小さなことをひとつひとつ学んだ。
そうして、大人になって家庭を持って、様々な難敵も現れた。

コープの商品を毎週、預かって欲しいと言って来た人。
学校の行事のたびに我が家の前に駐車させて欲しいと言って来た人。
職場の飲み会のたびに、乗せて行って欲しいと言わんばかりに「今夜、どうやって行かれます?」とメールしてきた人。

それぞれに手ごわかった。
しかし、一度承諾してしまえば、こういう人たちはずっと何かしら甘えてくる。
そのうち負担に思い、断るのにこっちが余計な労力を使う事になる。
だから、時にははっきり、ときには遠回しに・・断った。
きっと、この人たちはあの頃の未熟な私のシャーペンの芯くらいの軽い気持ちなのだと思う。
人に頼むことをなんとも感じていないのだろう。
相手の都合とか、負担とか、迷惑とか考えてないのだろうな。
軽い、軽い気持ちなのだなと思うようにした。

自分だって、気をつけなければいけないことだなとも思うのである。

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昨夜の残りのハッシュドビーフ
目玉焼きとウインナーそえて・・・。
目玉焼きが少しつぶれました。

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大好きなパン屋さんの久しぶりのパン!
今朝は、このパンを楽しみに、起きた。
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by pass8515 | 2018-03-02 18:56 | 思い出ばなし | Comments(4)

ピッコロ

オーケストラの魅力に憑りつかれたあの日以来「久石譲inパリ」の録画を毎日のように見ている。音楽にこれほど夢中になったのは、いつ以来だろう。

若い時、擦りきれるほど聞いたカセットテープ。台詞を覚えるぐらいに何度も見たドラマのように・・。そのうち、冷める熱と自分でも知りながらも、そんなことがあることって幸せ🎵と思う毎日だ。もやっとした一日も、ダイナミックな演奏を聞くと、吹っ飛んでしまう。

なかなか、ぶっ通しで見れる時間が持てず、帰宅してから晩ごはんの用意をして、主人が帰って来るまでのわずかな時間に・・そして、夜更けに・・。
早く主人には、寝に上がってほしかったのもそれ由縁でした。

久石さんの音楽性もさることながら、オーケストラやコーラスのハーモニーが、とても良かった。

何度も見ているうちに、全く別次元の話だけれど、中学の時の吹奏楽部のことを思い出す。様々な楽器で、一つの曲を作り上げていく点では共通している。もう一度、やってみたいな~と思うこともある。

あの頃、私はピッコロという楽器を担当していた。フルートの半分以下ほどの長さの横笛で、決して目立つ楽器ではないけれど、小鳥のさえずりのような、高音のアクセントにはなくてはならないパートだった。部活自体はとても楽しかった。演奏も大好きだった。けど、私はピッコロに関しては、実は不本意だった。吹奏楽やってると言ってもあんまり楽器の事は聞かれたくなかった。

本当は、フルートがしたかった。でも、人気のパートで、ジャンケンで負けて、もう一人の友達とピッコロになった。フルートに決まった友達は皆、自分用のフルートを買い、マイフルート持参で部活に来ていた。うらやましかったけれど、私はピッコロをわざわざ買って貰うという所までは、情熱が持てず、学校のピッコロで3年間通した。

大人になって、様々な演奏場面でピッコロが目に留まる。自分がそうだったように、この人本当にピッコロをしたかったのだろうか・・・と余計はお世話だけど、卑屈な考えが頭に浮かぶ。しかし、だんだんと、どの楽器も、決してなくてはならない存在。どの楽器が欠けたとしても、その曲は成り立たない。というように考えられるようになった。

久石さんが指揮する、今回のオーケストラでもピッコロが随所でアクセントになっていた。たいてい、大柄な男性が手のひらサイズほどの、ピッコロを吹いていて、そのアンバランスさがまたユニークなのだけれど・・・。

そんなことを、考えながら音楽を聴くひと時は、今、私の癒しです。
そして、そこから波及して音楽が良くて、筋をはっきりと覚えていない、ジブリ映画をもう一度見ようと昨夜、久しぶりにDVDをレンタルしに行った。

紅の豚
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もう一つ、「魔女の宅急便」をと思ったら、全部貸出中だった。ジブリってやっぱり永遠に人気ですね。

**********************

「紅の豚」を見てから、買い物に行った。台風への備えと、雨と、三連休とで、ものすごい人だった。

その時の話は、また明日にとっておきます。


私も、たまねぎピクルスを漬けました。ついでに、パプリカ(オランダ産)も・・・・。
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若狭の、笹漬けをいただきました。
小鯛とのどぐろと・・。
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by pass8515 | 2017-09-16 15:16 | 思い出ばなし | Comments(9)

履きだおれ

今日から、半袖を着た。
綿チェック短めチュニックと、ガウチョパンツ。
半袖を着ても、アームカバーをつけて
自転車をこぐけれど、長袖とは違う清涼感が
ある。
朝の木陰は涼しいし、とても心地よい。

と、同時に今年も、エアコン攻防の
口火が切られた!負けるもんか!


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******************

今朝の「ひよっこ」は夏全開だった。
乙女たちは、水着を買いに行く。
今までの人生で一番高い買い物。
田舎の家族へのうしろめたさ。
自分たちだけ海で楽しむ申し訳なさ。

そんな思いが15分にぎっしり詰まっていた。

そして、私も初めて自分で買った水着の事を
思い出した。
学生時代の友人4人で水着を買いに行ったのは
神戸だった。その当時、4人のうちの誰ひとり
神戸在住でもないのに、なぜか神戸に買いに
行こうという事になった。

神戸プランタンの水着売り場。
誰かがみんなでお揃いにしよう!
と言った。女子はいつの時代もおそろ好き。
4人中、3人(私含む)が同じタイプの水着を選び
色違いにした。でも一人だけ「私はいいわ」
とまったく違うタイプの水着を選んだ。
あの年ごろに、自分の意見を貫き通した友人って
偉いなあと、今にして思う。

水着を買って、三宮センター街に初めて行った。
アーケード街には靴屋さんが何軒かおきにあった。
そして、安くて、おしゃれで、履きやすくて。
たちまち4人とも夢中になって選んだ。
私は、茶色のサンダルにした。
その夏は、そのサンダルばっかり履いていた。

家に帰って、神戸の靴屋さんについて話すと
父が「神戸は靴の街や。履きだおれや」
と教えてくれた。
「着だおれ」「くいだおれ」までは、
知っていたあの頃だったが
「履きだおれ」という言葉があるなんて
驚きだった。

そしてこの後、神戸の少し先に暮らすことに
なろうとは、思いもしなかったのであった。

***********************

薔薇が咲いた。
背景には、いちめんのどくだみ。
ひとつ、ふたつ、どくだみも咲いていた。


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どくだみの近くに薔薇の鉢を持って
来たのは、虫が来ないのではないかと
思ったから・・・。

目論み通り、確実に虫が少ない。

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苧環がまた咲いた。
終わったかと思ったら、またつぼみを付け出して、
今日、一輪咲いた。

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********************
*晩ごはん

にらたまご
ひじきと大豆のサラダ
鮭ほぐし

芋焼酎「黒伊佐錦」で。

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この時間が一日で、一番落ち着く。
ほっとする。


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by pass8515 | 2017-05-23 21:29 | 思い出ばなし | Comments(6)

さくら貝

午前中はとても爽やかだった。
五月晴。
職場でも「爽やかやな~」と言い合って
快適で心地よい季節を感じた。
昼過ぎまでは・・・。

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今朝の、「こころ旅」の舞台は丹後の峰山だった。
丹後は同じ京都でも言葉も違うし気候も
違う。
峰山と聞いて、いつも思い浮かぶ人がいる。

小学校の時の担任の先生である。
峰山出身と言っていた。
それで峰山という地名を覚えた。
あの頃の「今風」のファッションの先生だった。
スレンダーで、栗色の髪で、そしてさばさば
としていた。男子とよくプロレスをしていた
光景を思い出す。

ある時、私は親戚の結婚式で東京に行くため
学校を3日ばかり休んだ。
休み明けの久しぶりの算数の授業。
分数の計算がさっぱりわからなかった。
どうしよう。まったくわからない。不安で不安で
授業の終わりごろに、涙があふれて来て、
絶望的になった。

その様子に先生が気づいてくれて、
「ぱすさん、そんなことぐらいで泣いたらあかん。
一緒に、頑張ろう。大丈夫やから」と肩をたたいて
その休み時間、つきっきりで分数を教えてくれた。
なんとか、取り戻せた。良かった。

そして先生はやがて結婚して、今度は先生が
一週間ほど休んだ。
クラス全員にお土産を・・という約束をして。
そのお土産は、故郷の砂浜の白砂と貝殻
だった。ひとつひとつ、ちり紙に包まれ、
私が選んだ包みを開けると、薄紅色の可愛い
貝殻が入っていた。
「だんなさん」と一緒に拾ったと言っていた。

嬉しくて、母に見せると「わあ、さくら貝やな~」
と、3センチ四方くらいのプラスチックの
箱を見つけてきて、綿を敷きその上に
さらさらの砂とさくら貝を入れてくれた。

長らく、私の机にあったプラスチックの箱。
色々なことを、次々と思い出すものだなと思う。
そして、可笑しいくらい文章にしたくなるのである。

***********************

主人があんこが食べたいと買って来た
「御座候」
白あんが好きです。
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by pass8515 | 2017-05-11 22:33 | 思い出ばなし | Comments(2)

ともしび

今朝の「ひよっこ」では乙女寮の若い歌声が
響いていた。

ロシア民謡の「トロイカ」
激しく、迫力があって馬そり(トロイカのことらしい)
を走らせる様子がよく出ているなと思った。
静かなフレーズもあるなんて、知らなかった。

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そして、ロシア民謡があの当時若者の間で
流行っていたことや、シベリアからの引揚者
が日本に持ち込んだ曲も多いということも
初めて知った。自分が生まれた頃の話って
知らないことがいっぱい。

増田明美さんのナレーションの中で、代表的な
ロシア民謡の紹介で、今朝の「トロイカ」
「カチューシャ」そして「ともしび」が出て来た。

「あ!ともしび!」と聞いて、またまた私は
中学生の頃の事を思い出した(笑)

昨日の続編ではありませんが・・・・(笑)
良かったら思い出話におつきあいを。

ともしび」(ダークダックスがまたいい)
中学校の頃の校内合唱コンクールの課題曲
だった。
あの頃の私たちには、なんだか暗くて、重くて
難しい歌だった。
それに対抗するように自由曲は「かぐや姫」の
とてもポップなユーモラスな曲になった。
(題名は忘れました・・・が歌えます。)

少し冷めた感じのクラスだったのに、
、練習して練習して、なんと優勝!
重厚な課題曲と、ポップで笑いも起こった
自由曲とのギャップが良かったのかも知れない。

卒業式の後の教室で、歌おうという事になって
クラス全員でもう一度歌った。
昨日のようなキュンとした思い出とはまた
違って、最後に一つになったクラスのことが
思い出された。

~夜霧のかなたへ 別れを告げ
雄々しきますらお、いでてゆく~
今、聞くとじ~んと来てとてもいい曲だなと
思った。
(ダークダックスだからなおさら)

おおしきますらおって、何?
今朝のみねこではないけれど、ずっと思っていた。
歌詞を改めて見て、ようやくわかった。
雄々しき、ますらお(男の人)ってことなんだな。
戦場へ恋人を送る、哀しい別れの歌なのだなと
ようやくわかった。


********************

夕方、雨あがりの庭に出た。

ハーブが今年も咲き出していた。
レモンゼラニューム
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オレガノケントビューティー
芽がたくさん出ました。
花はもう少ししてからです。

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晩ごはんは焼きそばを。
家で漬けた紅ショウガ。
紅ショウガを漬けると焼きそばを食べたくなる。
あると、ないとでは、もう大違いだな。

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by pass8515 | 2017-05-10 22:31 | 思い出ばなし | Comments(6)

こころの風景

平常通りの日々が戻って来た。
夜になっても、雨が激しく降り続く。

毎朝、毎夜見ている、火野正平の「こころ旅」
先週は、兵庫県で今週は京都府。
電車で行き来すると大阪が間にあるのだけれど
隣同士でもあるのだなと改めて思った。

京都の初日は、宇治市から。
宇治川の小さな中の島・塔の島で偶然
出会った船の上からのお手紙だった。

わあ、塔の島~。私の「こころの風景」
と言っていいかも!と今朝思った。

石の塔が立つ、小さな島・塔の島。
吹奏楽をやっていた中学の頃、ここで
「オープンエアコンサート」をした。
何校かの中学と高校の屋外合同演奏会である。

中学生の私らから見れば高校の先輩なんて、
大人も、大人。ものすごく先を行く人に
思えた。企画も仕切りも高校生!
かっこいい~!
何度か合同練習をしているうちに、私にも
友人たちにも憧れの男子の先輩が出来た。
会えば、みんなでその話だった。

友人は、最終日にその先輩に手紙を書いて
来て一緒に写真を撮る!と積極的だった。
みんなで一緒に撮った写真は長らく私の
机の引きだしにあった。
それと、一緒に紙切れもあった。

私も憧れの先輩の思い出が何か欲しい。
とっさに思いついてメモ帳を一枚破って
「名前を書いてください」とお願いした。
サインでもなく、電話番号でもなく
ただ名前を・・・・と言った。
それが精一杯だった。

その時のどきどき感をリアルに思い出して
来た。そして、さっきその先輩の苗字も
思い出した!すごいですね。
青春の力は。

特にだ~れもカップルにもならず、
ただあの日々がずっと、淡い思い出で残って
いるのがまさに「こころの風景」というべきか。

****************
そういうことは思い出して来たのに、
コンサートの曲目って・・・・。
思い出せない。
あの頃全盛だったのは「宇宙戦艦ヤマト」
「ポールモーリア曲集」
「ビートルズの曲」も、吹奏楽で知った。
その辺はやったように思う・・・けど。


********************
時は流れた。

*晩ごはん
急に所帯じみた写真だけれど、時は流れた。
「はなこさん」で炊いた、いわしと蕗。


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あとは、れんこんのきんぴらと
冷ややっこ、チーズの蒲鉾
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by pass8515 | 2017-05-09 21:41 | 思い出ばなし | Comments(6)

春の四国

朝。イギリスの電車旅から自転車旅に変わった。
春の「こころ旅」は高知県からスタートした。

春がずいぶんすすんだ高知県、太平洋側。
海がとってもきれいだった。
春の光いっぱいの菜の花畑を自転車は快走。
カエルがもう、ケロケロ鳴いているし、
ふきのとうが成長しきっていた。

「四国に初めて行ったのは、いつ?」
夫婦でそんな話題になった。
関西からは、距離的には近いはず。
近畿の天気予報には、香川や徳島がよく
含まれている。なのに、昔から
近くて遠い四国というイメージだった。

主人は、慰安旅行で道後温泉に行った時。
私は、家族で徳島の祖谷渓とかづら橋に行った時。
瀬戸大橋が開通してからの四国初上陸だった。
やっぱり、橋の力は大きいね~と話をした。

しまなみ海道も、一本で結ばれてさらにアクセス
がよくなり、大好きな砥部焼を買い求めに行ったり、
ただ、讃岐うどんを食べに行ったり、
阪神のキャンプ見学に行ったり。
(高知は遠かった!)


一番、最近に行った愛媛の道後と内子の写真。

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*******************

*晩ごはん
豚肉の生姜焼き、トマトとアボガドサラダ
豆腐のおかか焼き、にんじんしりしり
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🌸ビールも春らしく🌸
一番搾り 若葉香るホップには、素敵な
詩が書いてありました。

春がひそんでいます
花に雲にせせらぎに
春にココロをゆだねて カラダをゆだねて
冬には言えなかったひとことを 言ってみる
思いきってあのヒトに

詩 谷川俊太郎


*********************
トップページがガラッと変わりびっくりしました。
春。ブログも一新ですね!


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by pass8515 | 2017-03-30 21:54 | 思い出ばなし | Comments(4)

おひなまつり

3月になって、ようやくお雛様を出した。
先日、病院で母ともお雛様の話をした。
「お雛さん、毎年出してるか~?」
「出してるよ・・」

母は安心した顔をして、
「お雛さん出すと、心がほころぶやろ~」

実家に置いて行った、
お雛様は三人官女だけを残して、処分したと
母は以前に言っていたのに、五人囃子も
あると言った。
「今度、あんた持って帰るか?」と言うので
持って帰るつもりだ。
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子供の頃、母は「おひなまつり」をしてくれた。
近所の子を誘っておいで、クラスの子を
誘っておいで・・・。ごちそうやお菓子を
用意して、お誕生会の代わりのようなものだった。

しかし、友達を誘うのは私の役目でこれがちょっと
憂鬱だった。
この子を呼んで、この子を呼ばない。どうしよう。
あの友達を呼びたいけれど向こうはそれほどの
友達と思ってなかったらどうしよう。
しょうもないことをぐずぐずと考える所は
まったく変わってない。

毎年、5~7人。女の子ばかりの時もあれば
近所の男の子も招待する年もあった。
ゲームをしたり、母の手料理をおすましして
食べたり、プレゼント交換をしたり。

あれは、確か4年生の時だった。
プレゼントをそれぞれ用意してきてもらった。
金額は200~300円くらいと最初に決めた。
くじも作った。

一人の友達が筆箱セットを持って来た。
ファスナーのついたしっかりとした布地の
ペンケースと鉛筆のセット。
ところがそれが当たった別の友達の親が
その晩、文句を言いに来た。

「文房具屋で、値段を見て来ました。
1000円くらいするんですよ。
子供がやり取りする品物にしては高額すぎませんか!」
と、母に詰め寄った。

別に母が悪いわけではないけれど、主催者側としては
平謝りするしかなく、私も階段の中ほどで
隠れてその様子を聞いていた。

母がかわいそうだった。
昔も、今も親もいろいろ・・・。

クラスが変わってからもしばらく招待して
いた幼馴染がいた。
ずいぶんして大人になってから、その子の
お母さんが、母に「PASSちゃん所のお雛祭り
楽しかったとよくうちの子が言ってたわ」と
言ってくれたそうで、母も嬉しそうにしていた。
私も、なんだか嬉しかった。

そんなこんなをずっと見て来たお雛様
みんな、元気にしています。

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*晩ごはん
豚キムチ、菜の花白和え、菜の花おひたし、
にんじんとヤーコンの炒め物

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by pass8515 | 2017-03-01 21:33 | 思い出ばなし | Comments(10)