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呉へ

先日の母の日の旅。
松山に渡る前に、まず広島の呉の町に行った。

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呉港から松山行の高速ジェット船が出ていて、それまで「大和ミュージアム」で過ごした。

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雨がずっと降っていて、駅からほとんど屋根があったのが助かった。

映画「この世界の片隅に」の舞台で、呉の事を少し知った。
そして、「大和ミュージアム」に行ってもっと知ることができた。

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なんとなく、本当に私の偏った考え方かも知れないけれど、軍艦「大和」とか、
どうもカッコよさが全面に押し出されているような気がしてならなかった。
前から、夫は行きたくて、今回行く機会が訪れたけれど、私はどうも気が進まなかった。
悲しい歴史と勇壮な姿。
結び付けていいのかどうか・・釈然としなかった。

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10分の1のレプリカ。
をまず、一周してから、展示室に入った。
まず、ビデオ解説を時代ごとに、見る事にした。
これが、とてもわかりやすく、呉という街がどんなに近代日本にとって重要な街だったかがわかった。
静かな入り江という好立地条件で、呉が軍の重要な港に選ばれて、戦争が起きるたびに、景気がよくなって、
日本中から人々が集まり発展した。
しかし、時代の波に翻弄されてきた呉。

どんなことがあっても戦争という名の波にだけは、もう飲み込まれてはいけない、
突き進む時はもう誰にも止められないと言う事がひしひしと伝わった。
行ってみて、良かった。

軍艦カレー・海自カレー・・
さまざまな呼び方があるようだけれど、とにかく呉と言えばカレー!

夫は、タンシチューカレー。
私は、ナンでカレーを。


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ミュージアム横のカレー店
ガラス張りの明るいお店だった。


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雨だし、船の時間もあるし、呉はミュージアムだけで、たっぷり時間を過ごした。


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そして、呉を後にして松山に向かった・・・のでした。


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道後温泉で買った砥部焼のお皿たち

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今夜は近くに暮らす息子がケーキを買って来てくれた。
ダークチョコか、カシスか・・・・とても迷った。
迷って、迷って、チョコにした。
スパイスの利いた、苦みのある大人なケーキだった。
どうも、ありがとう♪

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by pass8515 | 2018-05-16 22:15 | おでかけ | Comments(4)

怒りとむきあう

「暮しの手帖」93号を、食事のあと取り出した。
めくったページは114ページ。

「怒りとむきあう 怒りとつきあう」

小さなことでカッとする。
いつもついつい言い過ぎる。自分の「怒り」に振り回せて、困っていませんか?


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今日、私は久しぶりに心から怒った。
私の怒り方は、静かに、黙って、その相手とは話をしない、目線も合わせない。
そして、相手に怒っていることをわからせて、焦らせて、おどおどさせる・・・・陰湿なやり方かも知れない。
夫婦なら、そのうち怒っていることにも疲れて、忘れて、そのうち何事もなかったようになるけれど、他人なら、職場なら、さて明日からどうしようと
今、考え中である。でも今、この時も、まだ怒りが収まらない。

仮にA件としましょう。
私はA件の確認を自分一人では不安だったので、Cさんにもお願いした。
Cさんは、それで大丈夫と言った。私は安心した。
が、その後で、そのA件が大丈夫だったという事が、他のB件に支障が出ると言うことがわかった。
そのB件に関与していたのが、先ほどのCさん。

A件を承認したことにより、B件がまずいことになる矛盾に苛まれ、A件の「大丈夫」という言葉を撤回したのだった。
まったく反対の事を言い出した。
自分の頭の中だけで、つじつまを合わせ、結果、私の確認不足と聞き間違いのせいに仕立て上げようした。

どこでも、こんな事なのだろうなあと思った。
自分の非を認められずに、相手のことなどまったく考えずに、瞬時に下手な言い訳や嘘を言える人はある意味、特異な才能だな。
その時の会話など、録音もしてないし、ビデオも撮っていない。
言った、言わないの事になった時、その人の本質が見えるのだなと思うしかない。

すったもんだの末、結局Cさんが軽~く責任を取る恰好で一件落着したのだけれど、私に言った捨て台詞に、一番私は怒っている。
ここでは、言えないけれど、ぼそっと言い放った言葉。私は忘れない。
それ以来、Cさんとは会話をしていない。

怒りとむきあう 怒りとつきあう

難しいものである。
無難に毎日を過ごしたいのに、過ぎるはずだったのに、まったくもってうまくいかないものである。







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by pass8515 | 2018-05-10 23:49 | 日々の暮らし | Comments(2)

十二単

今日は、夏のように暑かった。
桜も終わって、新緑の萌える季節。

家を建てた頃に実家の庭から株分けした十二単が今年もたくさん咲いた。
色がエリアによって違うことに気がついた。
西側は、一番濃い色。

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南側の南天の根元は、一番薄い紫色。


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日当たりのよい、紫陽花の根元では、アクアブルーの色をして咲き出した。


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土の養分か、日当たりの影響か・・・・。
たった、少しの株から、30年の時を経てずいぶん増えたものだ。


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たつなみ草も顔を出した。
夕暮れ時の庭めぐりは、本当に癒される。

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いろいろあった一日がこうして終わり、ほっともした。




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by pass8515 | 2018-04-19 21:18 | 日々の暮らし | Comments(6)

カーネーション

朝ドラの「息子が出征」の回はいつだって、悲しくて胸が張り裂けそうになる。
てんは、どんな気持ちで赤飯を炊いたのか。
何がいったいめでたいのか。

思い出すのは7年前の朝ドラ「カーネーション」
凄味のある、名作だった。
ヒロイン糸子は、娘が3人。
しかし、近所の髪結いの安岡家の息子たちの出征で、その言い知れぬ悲しみや虚しさがきっちり描かれていた。

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糸子と安岡家は家族ぐるみの付き合いだった。
安岡のおばちゃんは、やさしく、慈悲深く、糸子にとって大切な人だった。
最初に、おばちゃんの次男勘助が戦地に赴く。
その先で何があったのかは、知らされることもなく、勘助は心を病み、送還された。
糸子が勘助の心のケアに良かれと思ってしたことが、おばちゃんの逆鱗に触れ、糸子を罵倒し、絶縁した。

その後、勘助、2度目の出征。戦死。
そして、安岡家長男、泰蔵出征。戦死。

廃人同然になったおばちゃんであったが、戦後、「安岡美容室」を再建し、糸子とも和解する。
(その経緯は本当は色々あったのだけど、ここでは割愛します。)

昭和48年
晩年、入院先の病床でおばちゃんは、糸子にこう話す。
「昨日、待合のテレビ観ててな。戦争のことやってたんや。戦争中に、日本軍が何したかちゅう話をやっててなあ。
糸ちゃん、うちはなあ、勘助ははよっぽどひどい目に遭わされたと思てたんや。あの子はやられて、ほんであないに(心を病んだ)なってしもたんやて。けど、ちゃうかったんや。あの子はやったんやな。あの子が、やったんや。」

糸子はもう言葉もなく、おばちゃんの傍らでただ泣いた。

そして、私も泣いた。震えて、仕立ての化粧もとれとれで朝から、ただただ泣いた。
ここまで・・なんでおばちゃんがこんな思いをせなあかんねん。

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後に、DVDを買い、そして「ぼくらが愛したカーネーション」という本も買った。
その本の名台詞30選に、このおばちゃんの言葉が掲載され、解説にはこうあった。

「余命幾ばくもないおばちゃんが、やっと出すことができた戦争への答え。我々は忘れてはならない。
こんなに苦しい心の整理をしなければならなかった人たちが、この国には沢山いたのだということを。」


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晩ごはん
夫作・スパゲッティ・ナポリタン

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by pass8515 | 2018-03-23 21:06 | 日々の暮らし | Comments(4)

一大決心!

一大決心をして、美容院を変えた。
結構な、決心である。10年以上通った美容院を変わるって・・。
ここ、数年何度も、何度も考えた。
少し遠かったので、出かけて行くことが面倒になっていた。
この先、もっと近い方がいいのではないか。

そのついでに街をぶらぶらしよう、気分転換にもなるしと思っていたけれど、
ここ最近は、美容院だけ行って、そのまますぐに帰ることが多かった。
カットが上手いし、先生との会話も楽しいし、一度他に行くともう戻れないし。
何度も何度も変わろうという気持ちを打ち消したけれど、決心した。

まずは、変えよう。あそこに行くのはもうやめよう。
変わった先がもう一つならば、他に行けばいい。
そこが、だめなら、また他を探せばいい。
近くに、美容院はいくらでもある。

そう割り切ってしまったら、楽になった。
そのわりには、昨夜はドキドキして寝付けなかった(笑)

新しい美容院は、若手が多くて、いい印象を持った。
何より、歩いてでも行けるところが良かった。
髪も、気持ちもすっきりとした。

寝付けなかったのは、夕方に飲んだコーヒーのせいかも知れないと夜中に思った。
スティックコーヒーながら、なかなかビターなコーヒーだった。
夕方は、やっぱりやめれば良かった。失敗、失敗。

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美容院から帰って、洗濯を取り込んで、録画していた「アカデミー賞授賞式ダイジェスト」を見た。
アメリカンジョークは痛烈だ。
でも、場内は大爆笑だから、この程度はいいのかなと思われる。
大女優・メリル・ストリープ相手のジョークも、ご本人が笑っているからそれでいいのだな。

サウンド・オブ・ミュージックのトラップ大佐を演じた、クリストファー・プラマーが88歳でお元気だった。
ウエストサイドストーリーのリタ・モレノもプレゼンターで登場した。
どちらも、大好きな映画なので、とても感激した。



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by pass8515 | 2018-03-17 23:00 | 日々の暮らし | Comments(0)

人に甘える、人に頼む、人に委ねる。
その、基準や感覚の違いに時として戸惑い、負担を感じ、ストレスになったりする。

よく思い出す事はシャーペンの芯である。
中学生だったころ。
私は後ろの席の子に「シャーペンの芯、ちょうだい」と頼んだ。
その子は、「なんで、あげなあかんの?」
と言った。
私は、絶句した。
「え?え?なんで、あげなあかんの?」と、真面目な顔して、さらに言われた。

シャーペンの芯は、簡単にあげるものだったし、もらうものだった。
一本だけなら、ケチくさく感じ、二本あげる事もいとわなかった。
お互い様の雰囲気が周りにあった。
そんなものだと思っていた。しかしこう言った感覚は人それぞれなのだと学んだ。

言われてみるとそうだ。
なんで、当たり前の顔して、芯をちょうだいなんて、言うのか。
なんで、そう言われてすっと、あげなければいけないのか。
その子に言われて初めて自分の浅はかさを恥じた。
うん。恥ずかしかった。
きちんと、違和感を主張したその子は偉かったなと思う。

こうして、小さなことをひとつひとつ学んだ。
そうして、大人になって家庭を持って、様々な難敵も現れた。

コープの商品を毎週、預かって欲しいと言って来た人。
学校の行事のたびに我が家の前に駐車させて欲しいと言って来た人。
職場の飲み会のたびに、乗せて行って欲しいと言わんばかりに「今夜、どうやって行かれます?」とメールしてきた人。

それぞれに手ごわかった。
しかし、一度承諾してしまえば、こういう人たちはずっと何かしら甘えてくる。
そのうち負担に思い、断るのにこっちが余計な労力を使う事になる。
だから、時にははっきり、ときには遠回しに・・断った。
きっと、この人たちはあの頃の未熟な私のシャーペンの芯くらいの軽い気持ちなのだと思う。
人に頼むことをなんとも感じていないのだろう。
相手の都合とか、負担とか、迷惑とか考えてないのだろうな。
軽い、軽い気持ちなのだなと思うようにした。

自分だって、気をつけなければいけないことだなとも思うのである。

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昨夜の残りのハッシュドビーフ
目玉焼きとウインナーそえて・・・。
目玉焼きが少しつぶれました。

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大好きなパン屋さんの久しぶりのパン!
今朝は、このパンを楽しみに、起きた。
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by pass8515 | 2018-03-02 18:56 | 思い出ばなし | Comments(4)

老眼鏡(本編)

その年になってみて初めてわかること。最近はその連続だ。

私は若い時ある人に、「老眼大丈夫なんですね?」と、言った事がある。
あれは失礼な物言いだったのではないかと、ようやく気づき始めた。

20年近く前のこと。
その人は、職場でお世話になり、とてもいい方だった。
優しくて、聡明で、謙虚で、芯が強くて、あーこんな人に、なりたいと思える人だった。

年齢は今の私くらい。そろそろ50代後半というくらいの方だった。
私が椅子に座っているとしたら、頭の上から指示をするのではなく、腰をかがめ、膝を折って、私の目線に合わせて、肩越しに、優しく語りかけるような人だった。

ふと、ある時「○○さんは、老眼大丈夫なんですね」と不思議そうに驚くように私は彼女に言った。
先を行く人の基準は母であり、その年代ではとっくに母は老眼鏡をかけていたので、ひどく驚いたように言ってしまった。とても狭い了見だった。

彼女は「私、全然大丈夫やねん。
これも見えるで、これも大丈夫。」と、いろんな仕草をしてくれた。

私が今、若い人に「老眼大丈夫なんですね」なーんて言われたら、どんな気持ちがするのだろう。
そんな事、人によって様々。
ずいぶん前から老眼鏡をかけている友人もいれば、私も含めて全然大丈夫な人もいる。

ひとくくりにしては、いけないなあと、今になって思う事だった。
お元気で、いらっしゃるかなぁ。

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しかし、私も眼鏡を持っている。
この眼鏡は七年前に作った。
遠くをよりクリアに見たい時、映画を見るとか、運転の時にかける。

七年前の3月12日が納品の日だった。
その前日のあの日。
あの日は、休日で午後からずっと家で映画を見ていた。
晩ごはんの時間までテレビはつけなかった。

七時頃。4月から就職する息子が研修先から帰宅する。
「東北、大変な事になってるやん」

私はテレビを急いで点けて、初めて知った。もう、言葉が出なくて、体がこわばった。

その時、電話が鳴った。
眼鏡店からだった。
「地震の影響で、流通がわからないので明日の納品はずいぶん遅れそうなんです。申し訳ありません」

そんな、眼鏡の事なんて…。
「私、今ニュースで知ったばかりなんです。
えらいことになりましたね」と、眼鏡店の人と話をして、泣きそうになっていた。

今はオリンピックに沸いているけれど、あの日が近づくにつれ、報道も増えて来て、また考える機会が増える事だろう。
出来る限り、現実を知りたいと思う。

********************
帰ってからだと、簡単なものになってしまうけど、今日はリクエスト通り、ジャガイモ入りオムレツを。
コブサラダ、きざみ昆布の煮物

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by pass8515 | 2018-02-22 06:55 | 大切なこと。 | Comments(2)

ひざ小僧


何十年ぶりだろう。ひざ小僧を擦りむいたのは・・・。
昨日、道路で転倒した。恥ずかしさを通り越し、情けなかった。しばらく、立てなかった。

ある人が忘れ物をした。
追いかけ、出ようとしていたその人の車に向かって合図して、なんとか忘れ物を渡した。

「お気をつけて」と、見送って、くるっと振り返ったとたん、車道と歩道の微妙な段差につまずき、派手に転んだ。

右膝を打ち、擦りむき、出血、打撲。
まだ膝が痛い。

しばらく、私の嘆きの矛先はその忘れ物をした人に向けられた。
小さいものやから、気をつけて、忘れないでくださいね。
と、念を押したのに、案の定、忘れて行き、後を追いかけ、結果、こけた。

昨夜ニュース番組で、聞いた羽生君の「逆境はチャンス!」と言う言葉がやたらと心にしみた。
松岡修造がたたみかけるように、逆境好きですよね!と言うと、
ハイ好きです!と、爽やかに答えていた。

毎日、毎日、一生懸命に無難に穏便に暮らして行こうと思っているのに、災いは降ってくる。
忘れものをした人のせいに、しばらく思ってしまったけど、そんな事、やっぱり自分の不注意のせい。

逆境と言うにはあまりにも小さき事だけど、気をつけよと言う思し召し。
花壇や石垣に、顔や頭をぶつけなくてまだ良かったと思うようにした。

********************
今朝のおべんとう

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今朝、階段を降りるのに、少し痛む。
まだ、気持ちも立ち直れていなかった。
コーヒーを飲みながら、「逆境がチャンス!」と思えるにはどうしたらいいのだろうと、夫に話した。
「ポジティブ・シンキングや。なんでもそうや・・」と言った。
朝の道は、足を少し引きずりながらも、帰り道はずいぶんと楽になった。
皮膚科に行く日だったので、ついでに診てもらい、ガーゼに塗り薬を塗って、手当をしてもらった。

ゆっくりと、行動しよう。
はつらつと、行きたいところだけれど、思うほど自分の足がおぼついてないので、充分に気をつけよう。

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今から、ノルディック複合ラージヒルを見たいと思います。
スキーでは一番、好きな競技です。



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by pass8515 | 2018-02-20 21:27 | 日々の暮らし | Comments(10)

ティールーム

今月いっぱいで閉店するデパートについて、何か一つでも、思い出はないものかなと、記憶をたどった。
ブログに上げるような事が…と、たどった。
しかしないなあ。本当にないなあ。と思っていた。

ふと、昨日になってはっと気がついた。
あの出来事、あの言葉!!
まさに、あのデパートのティールームでの事だった。

実は、この事に関しては、以前からずっとブログに書こうか、書こうかと迷いながらも、そのままにしていた。
しかし、書くべきだと必然を与えられたようで。
なので書きます。

もう、ずいぶん前のこと。
知人がある刺繍展に誘ってくれた。若い時からずっと続けていたらしい。
その刺繍展の会場がこのデパートの催事場だった。
一緒に行ったもう一人が、これまたパッチワーク名人。
裁縫苦手の私だったけど、こんな美しい緻密な世界もあるのかと、作品の数々に見入った。

刺繍展のあと、3人でデパート内のティールームでお茶をした。

「すごいね〜とてもきれいだった。2人ともいい趣味を持っているね〜。私は針仕事はからきし、だめで〜」と、素直に言った。

そうしたら、パッチワーク名人が、こう言ったのだ。

「ぱすさんの、お母さんも(裁縫を)してなかったんやろ。そうしたら、その娘もせえへんもんやねん」と・・。

私は、言葉に詰まった。
何故、この人はこんな失礼な事を言うのだろう。

ひと呼吸も、ふた呼吸も、間を置いて、出来るだけ冷静に、出来るだけ笑顔で、私は答えた。

………いいえ。その逆よ。
私の子供時代の服は全部母の手作りだった。
嫁入りの着物も、すべて仕立ててくれた。
今も(その当時)家で着物の仕立ての仕事をしている。

雑巾一つ、私は母についつい頼んでしまうねん。
母が出来過ぎるから、娘がこうなってしまってーん(笑)
ははは・・と。

相手は、バツが悪そうな顔をしていた。
そもそも、なんで私は、敢えて言わなくてもいいことを、むきになって言ってるのだろうとも思った。
しかし、母の名誉挽回のためにちゃんと言っておきたかった。
こんな事、勝手に言わせてたまるかと言う気持ちになった。

三十代後半。あのデパートのティールーム。3人の座り位置。
何度となく、出て来る光景だった。

私も、ここ数年刺繍にはまった時期がある。
楽しかった。苦手意識を払拭したいという気持ちもあった。
針を刺しながら、あの時のあの光景を思い出してもいた。

しかし、人には得手不得手が必ずあり、いつしか熱も冷め、手も患ったものだから、布や糸はまた見えないところに仕舞い込んだ。

自分の不得手は、一番自分がよくわかっていて、それを言われたら仕方がないけど、家族の事まで言われるのは、本当に腹が立つものだなと、思った。

そんな遠い思い出だったけど、あの言葉は忘れられない。
でも、きちんと説明が出来て良かったとも思った。
飲み込まなくて良かったと思った。

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久しぶりにフランス映画を見た。
売れない中年女優カミーユは、酒におぼれ、夫とも危機状態だった。
ある日、ひょんなことで過去に戻り、元気だったころの両親と再会し、学生生活を送ることになる。
面白かったのは、その中年の姿のまま、学生生活を過ごす様子。
周囲も大騒ぎせず、何の違和感もなく、接しているのが、良かった。
タイムスリップものにありがちな、ドタバタした感じもなく、お洒落で、センスよくまとまっていた。

戻れるものならいつに戻りたい?
この映画を見ている最中、自分に何度か問いかけた。
このままの姿で、高校時代を一日だけ過ごしてみても面白いな。
20数年前に戻って、あの頃の子供たちと話してみたいな。
そしてもう少し、自分自身にしっかりせえよと、喝を入れて、現代に戻って来られたらいいなあ。

映画の友は、イタリアのお菓子
ヘーゼルナッツクリーム入りのパイが美味しかった♪
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おひなさまを出した。

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配置をいろいろ考えたが、まずは記念撮影を・・
それから、ゆっくりと考えよう。

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by pass8515 | 2018-02-18 16:15 | 大切なこと。 | Comments(4)

いちめんのなのはな

今日は、少しだけ暖かくなった。
朝、少し時間があったので録画していた「anone」を見てから出かけた。

奇想天外なストーリーの所もあるけれど、人の気持ちをじっくりと描いて、人の怖さや、浅ましや、弱さや・・。
そして、やっぱり人の優しさを、丁寧に描いた秀作だなと思う。
キャストがまた豪華。ちょっとした端役に鈴木杏まで出て来た。
これから、需要人物になって行くと思うけど。

「生きていくのではなく、暮らしていくのよ。それしかないのよ。」
あのねさん役の田中裕子の台詞がとっても良かった。

*********************

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鹿児島の写真や、ハワイの写真を振り返っていたら、面白くなって来て、過去の旅の写真を昨夜も見た。
こんなところに行ったのか・・と忘れていた旅もあった。
ここ10数年ほどの旅の写真。若い!私も、夫も、やっぱり若い。
夫は今よりずいぶん太っていて、パーマなんかかけている(笑)
そんなこと、もうとっくに忘れていた。

外見の変化には、もう逆らうことはできないけれど、気力だけは、これはもう心掛け次第だなと思った。

🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸

8年前の5月。淡路島に行った。
フローラルジャパン・花万博の跡地の「花さじき」が花でいっぱいだったことを思い出した。

いちめんのなのはな
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今よりも、そんなに写真に夢中でなかったあの頃。
一つの旅でもそれほど枚数を撮っていなかったのに、このお花畑ではいっぱい写真を撮った。
思い出した。
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海が見えて、色とりどりの花で埋め尽くされた「花さじき」
近いんだから、また行ってみたくなった。

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気力と言えば、自転車を積んであちこち出かけた。
長距離を運転して、それからサイクリングする元気があった。
その元気が何で、今は無くなってしまったのだろう。

松江城から、宍道湖畔をサイクリングしたことがあった。
整備が中断された、中途半端なサイクリングロードだったけれど、湖畔と武家屋敷。
颯爽と駆け抜けたことを段々と思い出した。


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島根県立美術館
うさぎが跳ねているようでしょう。


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********************
平昌オリンピックが始まる。
あなたの記憶に残っている、冬のオリンピックは?と街頭インタビューを見た。

私は、荻原さん達のノルディック複合。
ふと見たら日本がトップで、林間コースを走っていた。

荒川静香のイナバウアー
早朝、見て感激したことを思い出す。

極寒。オリンピック史上最高に寒い開会式らしい。



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by pass8515 | 2018-02-08 22:40 | 旅を振り返って | Comments(2)